米津玄師の記録 今後誰も超えられない(川谷絵音)ヒットの理由がありあまる(26)

日経エンタテインメント!

令和2年にしていよいよきました。そう、男性ソロオリジナル作16年ぶりのミリオンヒットが生まれたんです。米津玄師のアルバム『STRAY SHEEP』。

売れると分かってはいたが、この速度でのミリオンは正直予想外だった。世間がコロナで揺れるなか、CDが約150万枚売れるという偉業。時代を考えれば、そのインパクトは宇多田ヒカルさんの『First Love』が700万枚を超える売り上げを記録したときと、同じと言っていいのではないだろうか。まさに社会現象である。

思い返せば、この連載の初回が『Lemon』であったわけだが、その発売は2018年2月であり、丸2年『Lemon』は鳴り続けていた。その間に、Foorinが歌う今や国民的ソングの『パプリカ』、ドラマ主題歌でラグビーW杯とコラボした『馬と鹿』、菅田将暉くんに提供した『まちがいさがし』などがリリースされた。そんな数々のヒット曲が入ったモンスターアルバムは近年記憶にない。

サブスクサブスクと言われているこの時代に、ミリオンにまで至ったのは、「テレビにほとんど出ない神秘性」と「決してJ-POP的ではない楽曲アプローチ」、この2つも大きいだろう。近年、米津玄師はテレビに『紅白』の1回以外はほとんど出ていない。テレビに出れば音楽以外の評価も増える。外見や人柄など、プラスなものもあれば絶対にマイナスなものもある。米津の場合、メディアで曲だけが鳴り続け、根本の音楽が、それ以外のくだらない評価にさらされなかったのだ。

それに加え、米津玄師の音楽はブラックミュージックやヒップホップ的なアプローチなど、幅広い音楽的な土台で作られている。玄人受けも良いし、歌メロのキャッチーさは万人に受ける。このバランス力の純度を極限に高めたのが、今回のアルバム『STRAY SHEEP』 だ。

1曲目の『カムパネルラ』から妖しいギターが鳴り響き、サビのメロディーも難解ではあるが、聴き終わるとキャッチーなのだ。これが米津節だ。ハチ時代から複雑なメロディーや不協和音的アレンジが多かったが、長い時をかけてこれが米津節としてみんなの耳を慣らしていった。スタンダードは作られるものだ。そしてスタンダードを作れる人が大ヒットを生み、時代を作る。宇多田ヒカルさんもそうだった。米津玄師は米津節をスタンダードにし、ミリオンヒットで時代を作った。

本作には、RADWIMPSの野田洋次郎さんとの一大コラボ曲『PLACEBO+野田洋次郎』があるが、ここでみんなが期待するのはおそらくバラードだと思う。しかし米津はライトなノリのダンスチューンを選んだ。この良い意味での裏切りに、僕は彼の余裕を感じた。洋次郎さん本人も意外だったこの選曲は、結果的にはアルバムの中で異彩を放ち、『Lemon』や『パプリカ』などのヒットシングルと被らず目立つことになった。しっかりアルバム全体のバランスが見えていて、変に欲を出さずに余裕を持って制作したことが分かる。

編曲家・坂東祐大がもたらしたもの

そして、編曲に大きく関わっている坂東祐大さんの力により、さらに音楽的に美しく進化した。彼の理知的な美しいアレンジは米津玄師のポップさに色気を与えている。この色気が米津の歌声に特殊な倍音を加えているように思うのだが、要は声の聴こえ方に立体感を与えるという役割だ。坂東さんが加わってから、より余裕のある歌声に聴こえるから不思議だ。彼は米津にとって欠かせないパートナーなのだろう。

まあグダグダ書いてきたが、米津玄師の記録は今後誰も超えられないと思う。それくらい稀有(けう)な存在だ。オリジナルアルバム最後のミリオンヒットかもしれない。僕は彼と同じ時代を生きていることを誇りに思うし、音楽が奇跡を起こせることも彼から教わった。これからも1番目が離せないのは米津玄師だ。彼がこのミリオンヒットの先に何を見ているのか。まだまだたくさんの奇跡を見せてくれそうだ。

川谷絵音
 1988年12月3日生まれ、長崎県出身。ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ、ichikoroといったバンドのボーカルやギターとして多彩に活動中。indigo la Endはライブ映像作品『10th Anniversary Visionary Open-air Live ナツヨノマジック』を、11月4日にリリースした。

[日経エンタテインメント! 2020年10月号の記事を再構成]

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