チンパンジーなど様々な野生動物の研究を経て人間そのものを対象とするようになった人類学者、長谷川真理子(はせがわ・まりこ)さん。インタビュー後編は、動物と比較した場合の人間の特徴や進化の行方、そして男性に比べ女性科学者が少ない現状などについて聞く(前回記事は「探検のはじまりはチンパンジー ヒトはなぜ人間なのか」)。
――人間を研究する難しさはどこにあるのでしょうか。
「動物としての人間はどうできているかを自然人類学では考えます。人間を特殊にしているのは脳で、脳科学や神経行動学、認知科学、心理学などは脳の働きを研究をしています。一方の文化人類学は、自然人類学のことを考えずに、文化や言語について研究が進められています。人間は動物ですから、遺伝子や脳の基本構造で一般化できますが、それだけでは言語や文化の話が置き去りになってしまい、本当の人間の理解にはなりません。動物である部分と、文化や言語をどうつなげるのか、私もなかなか分からなかったんです。いまだにちゃんとした研究の枠組みはないんですが、それでも少しずつできつつある状況だと思います。そういう領域に私は足を踏み入れていったので、紆余曲折(うよきょくせつ)がありました」
「この15年間、私はイヌと暮らし、ほかにもネコ、クジャク、ヒツジ、シカ、テナガエビといった生き物を丸ごと見て研究してきました。動物はどう暮らしているのかは結構理解できています。さらに人間はどう暮らしているのか。文明国だけではなく、アフリカで焼き畑農業を続けている人の暮らしなど、いろんなものを自分で見たのは、いいバックグラウンドだと思っています」
人間は「共同繁殖」の社会
――人間について、どんなことが分かってきたのでしょうか。
「数年前まで、人間の思春期の研究に関わっていました。人類にとってこんなに長くて難しい時期があるということの意味は何か、ということですね。今はもっと若手の研究者が続けていますが、私が興味あるのは生活史戦略です。生まれてから死ぬまで、人間のライフヒストリーがどういうふうにつくられているかということですね」
「チンパンジーでは、赤ちゃんの成長と母親の関係をテーマに研究していました。チンパンジーのメスは長ければ50歳まで生きますが、自分が生まれて離乳するまでに5年かかって、子供期が7歳ぐらいまであり、10歳ぐらいで性成熟した後、死んでしまうまで子供を産み続けます。最後の子は、まさに母とともに共倒れします。人間とは違って、更年期はないんですね。そんなふうに、動物ごとに、いつ成長が止まり生み終わるのか、その時間配分がどう違うのかをみてきたんです」
――それを人間にも応用してみたということですか。
「私が関わっているプロジェクトでは、東京都の10歳の子供3800人の追跡調査を始め、その子たちが今は16歳になっています。他のプロジェクトの進展もあり、いろいろなことがみえてきつつあります。どうやら脳で、前頭葉と他の領域をつなぐような配線が完成するのは30歳ぐらいだということが分かってきました。一方で、体は11歳ごろに性成熟が始まり、女性は16歳ごろには子供が産めるようになり、20~22歳で繁殖力のピークを迎えます。脳が完成する前に繁殖力のピークがきて、その後は急速に繁殖力が落ちて100歳まで生きるわけですね」
「男性の場合、全身の筋肉がきちんと力を発揮できるピークが30歳ごろで、かつての狩りの生活を想定すると知識や技術もそろって生産性がピークになるのは45歳ですね。人間というのは、親になった父母だけで子供を育てるのではなく、周りからの知恵や助けがあって成立する『共同繁殖』の社会だという証拠だと思います」