熟成酒8本セット202万円に込めた思い 京都「月の桂」
世界で急増!日本酒LOVE(27)
1675年創業の酒蔵「増田徳兵衛商店」(京都市伏見区)。「月の桂」の銘柄で、にごり酒と熟成酒を日本で最初に醸した蔵として知られる。そんな老舗蔵元が国内各地の有名蔵元と連携し、熟成酒の価値を高めるための団体を設立、メンバーの蔵の酒など8本をセットにした商品販売に向けてオンライン通販サイトで予約受付を開始した。価格はなんと202万円。高値で売る狙いは熟成酒の魅力を国内外に発信し、日本酒全般の価値向上にある。
ワインの世界では長年熟成させたヴィンテージ酒が1本何十万円、何百万円という値段で取引されている。それに比べ、日本酒はどれも似たような価格帯の中にある。「日本酒全体の価値をもっと引き上げるには、ワインのようにピラミッドの頂点を極めるプレミアム酒の存在が必要。高額商品があるからこそ、ボトムのカジュアルな商品が売れ、市場全体が拡大するワインと一緒」と同社の14代目、増田徳兵衛氏。「刻SAKE(ときさけ)協会」の設立もその一環である。
協会は"刻SAKE"に、熟成酒として長年の刻(とき)を刻んだ酒という意味を込める。協会のメンバーは黒龍、出羽桜、南部美人、東力士(島崎酒造)、水芭蕉(永井酒造)、木戸泉とどれも日本を代表する酒蔵。増田氏はその代表理事を務める。
7つの蔵からプレミアムな"刻SAKE"を1本ずつ商品化し、さらにソムリエの田崎真也氏がアッサンブラージュ(ブレンド)した酒「刻の調べ」を加えた8本セットで、11月24日からオンライン通販サイト「秘蔵酒.com」にて予約受付を開始。販売は限定20セットで、予約が20件を超えたら抽選となる。2020年にちなみ、価格は202万円と日本酒業界としては初の高値をつけた商品となる。
「シャンパンやワインではアッサンブラージュ(ブレンド)は当たり前だが、日本酒ではそれほど多くはない。アッサンブラージュという手法や、3桁の高額商品など、いろんな意味で日本酒の歴史を大きく変えていく商品だと思っています。世界の富裕層や高級酒のコレクターなどにもぜひ注目していただきたい」と増田氏らは意気込む。
増田徳兵衛商店は古くは京からの物資運搬などに使われてきた鳥羽作道(とばのつくりみち)に面し、蔵の裏側付近には鴨川と桂川の合流地点がある。歴史と伝統文化漂う地で酒造りを長年、続けてきた。現在、蔵を切り盛りする14代目、増田氏は1964年に先代が考案したにごり酒と熟成古酒などの伝統を守りつつ、さらに進化・発展させる一方、伏見酒造組合理事長として地元の酒を盛り上げ、2010年~2018年までは日本酒造組合中央会の海外戦略委員長を歴任、日本酒全体の海外輸出にも貢献してきた。
「月の桂」といえば、にごり酒と熟成酒が有名だが、にごり酒を考案したのは1964年のこと。日本ではどぶろく(発酵させてもろみをろ過していない酒)が存在したが、酒税法上、造れずにいた。「ある日、発酵・醸造に関する研究で世界的権威の一人で、"酒の博士"、坂口謹一郎先生が、"昔懐かしいどぶろくが飲みたい。そういう人がたくさんいる。お前の蔵でにごり酒を造ったらどうだ"とアドバイスしてくれたのです」と増田氏。
国税庁職員の立ち会いのもと、もろみを3ミリメートル以下のメッシュで濾(こ)して、どぶろくではないことを認めてもらい、生のまま瓶詰めにして商品化したのが始まりだった。瓶のラベルに「ふらないで下さい」と書いてあるが、白い沈殿物があるとついふってしまう人も多く、「開けたらお酒が吹き出し、半分もなくなった」とクレームが来ることもしばしばだった、とか。
クレーム対応に追われながらも、ガス充填(じゅうてん)はしない活性生酒のにごり酒にこだわったのは、「生酒ならではの特別なフレッシュ感や季節感、個性を大事にしようと思ったから」と増田氏は説明する。
熟成酒も1964年から前述の坂口先生のアドバイスで先代が醸造を開始したのがきっかけという。山田錦を35%まで磨き、特注して焼いてもらった磁器の甕に、純米大吟醸酒のみを入れて蔵で熟成させている。同社は熟成酒の草分け的存在の蔵として知られ、酒販店などでは現在「10年モノ」が中心に出回る。秘蔵古酒として50年以上熟成させたものも蔵にはある。
増田徳兵衛商店が手がける銘柄で現在、欧州各国でよく飲まれている熟成酒は「琥珀光」という。「熟成酒はワインやウイスキーなど熟成酒の文化が根付いている国でその価値が理解されていると感じます。複雑で重厚感のある味わいはフランス料理などにも合うので、徐々に浸透している」と増田氏。
にごり酒は活性生酒なので、輸出分の取扱量は限られる。それでも米国・西海岸などでは若者らに人気という。一方、欧州では、同じ瓶内二次発酵の酒でもシャンパンのように透明なものの方が好きという人もいるそうだ。日本では女性に大人気で、「日本酒は普段あまり飲まないけれど、月の桂のにごり酒は飲む」という人も少なくない。中国はどちらかというと味や製法より、銘柄のブランド力で売れている。
にごり酒は揚げ物や中華料理など重い料理とも、辛い韓国料理やエスニックなどにも合う。「意外にオールラウンドな酒なので、これからも世界のさまざまな料理と合わせて欲しい」と増田氏。
最初は先代が本醸造酒のにごり酒を造っていたが、毎年、試行錯誤を繰り返し、14代目は純米酒や高度な技術力が求められる低温発酵の純米大吟醸酒のにごり酒にも成功した。吹き出しにくいように栓をネジに変えるなど工夫を重ね、日々進化させてきた。地道な努力の積み重ねが実り、クレームはどんどん減ってきた。来年からはついに、にごり酒全量を純米酒にシフトさせる予定だ。「より"月の桂"らしい味わいを追求していく」(増田氏)。
「私が海外戦略委員長だった間に、和食のユネスコ無形文化遺産登録などもあり、世界的な和食ブームも追い風となり、輸出量は3倍くらいに伸びました」と振り返る増田氏。同社も現在、約20カ国・地域に輸出しているが、海外で一番売れるのは「月の桂 純米吟醸 柳」。特に米国・ニューヨークでは、こういった香りの高い吟醸酒が人気だという。
次に売れているのが「月の桂 稼ぎ頭」という低アルコール(8度)の日本酒。純米酒だが、果実のようなフレッシュですっきりした酸味があり、米本来のなめらかな丸みが口中に広がる上品な味わいが特徴で、日本酒を飲み慣れていない外国人でも飲みやすいらしい。
「"稼ぎ頭"は蔵に遊びに来る外国人のお客様が気にいって、よくお買い上げいただくお酒です。もともとは国内用に造ったものですが、今は海外向けに売るようになってきました。世界的に低アルコールのお酒の人気が高まっていると近年感じます。アルコール度数の高いものは、それはそれで売れていますが、その中間のお酒が売れにくくなっている」と最近の傾向を話す増田氏。
近年、海外で醸造されるSAKEも増えており、外国人が楽しむ日本酒(SAKE)の種類やタイプの幅は増している。谷崎潤一郎などかつての文壇たちにも愛された「月の桂」は、純米吟醸酒、にごり生酒、熟成させた"刻SAKE"とさまざまな日本酒で、今後も海外に向けて強力に魅力を発信していく。
(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)
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