
最近、心配事で眠れなくて、すっかり寝不足だよ――。日常会話では不眠症と睡眠不足(寝不足)を混同して使うことが多いが、医学的には実は全く異なる病気と定義されていることをご存じだろうか。不眠症は「眠りたいのに、眠れない」のに対し、睡眠不足は「眠れるのに、眠るための時間がない」のであり、言ってみれば真逆の睡眠の悩みである。
一晩中脳波を測って睡眠の長さや深さを客観的に測定する「睡眠ポリグラフ検査」を行うと、不眠症と睡眠不足の違いは一目瞭然である。睡眠不足では睡眠全体に占める深いノンレム睡眠(深睡眠、徐波睡眠)の割合が非常に多い。これは睡眠時間が短くなると脳の休息に必要な深睡眠を優先して確保するためと考えられている。その分、浅いノンレム睡眠やレム睡眠が犠牲になる。深睡眠が減るよりもマシだろうと思いがちだが、血糖コントロールや認知機能の障害、うつ気分が出現するなど悪影響はしっかりある。
一方、不眠症では深睡眠が著しく減少するため、浅いノンレム睡眠やレム睡眠の割合はむしろ増加する。不眠症でも睡眠時間が短くなるので睡眠不足と同じように深睡眠の割合が増えても良さそうなものだが、そうはならない。まさに真逆の所見となる。
慢性的な睡眠不足でも、一晩の徹夜でも同じだが、短時間睡眠の翌晩には普段以上に睡眠時間は長くなる。いわゆる寝だめだ。ところが不眠症ではこのような睡眠のリバウンドが生じず、短時間睡眠が長期間にわたって持続する。不眠症患者では睡眠の出現を抑え、覚醒しやすい状態を維持する何らかのメカニズムが脳内で働き続けているらしいのだが、その機序はいまだに明らかになっていない。
さて、このように全く病態(原因)が異なる不眠症と睡眠不足だが、睡眠不足大国・日本では両者を抱え持つ人が少なくない。不眠症の人が睡眠不足に陥ったり、もともと睡眠不足の人が加齢やストレスなどで不眠症を発症したりするケースである。
実は似通った症状が多い不眠症と睡眠不足
一般的に睡眠不足は若年~壮年層(40代半ばまで)に多い一方、不眠症はリタイア世代(60代以降)で急増する。その移行期にある中年層では睡眠不足と不眠症が混在しやすい。中間管理職世代はつらいのである。不眠症と睡眠不足では治療や生活指導が全く異なるので、どちらが主たる問題なのか判断する必要があるのだが、診察でその区別をつけるのは簡単ではない。その理由の一つは、不眠症の診断基準が抱える「曖昧さ」にある。