これらはほんの一例ですが、ウィンザー公がファッションに与えた影響がいかに大きかったか、うかがい知れるというものです。

その一方で、今日ではまったく忘れ去られてしまったウィンザー公ゆかりのファッションもあります。それは「プリンス・オブ・ウェールズ・トップコート」であります。

ネクタイの結び目が正三角形になるウィンザーノットでもその名を残した(1961年5月撮影)=UPI共同

1935年ごろの話。当時まだ皇太子であったウィンザー公は、スコットランドのエディンバラへ向かいました。

皇太子はエディンバラの町を歩いているうちに一軒の洋品店を発見しました。しばらくショーウインドーを眺めていましたが、やがて店内に入っていきました。

しばらくの後、店から出てきた皇太子は、一着のトップコートを羽織っていました。ラグラン袖で、軽いツイードの小格子柄でありました。高貴なお方でも街中の店で衝動買いをなさるという、ユニークなエピソードといえます。

王室の常識破った既製服 「自由」の象徴か

プリンス・オブ・ウェールズ・トップコートと呼ばれるようになる、この時に衝動買いしたアイテムをもう少し詳しく説明しましょう。全体にゆったりとしたシルエットで、前は比翼仕立て、いわゆるフライ・フロント式でした。襟は剣襟。襟先のとがった形です。袖口にはハンティングウエアを起源とする深い折り返し、すなわち伝統的な英国スタイル「ターンバック・カフ」が添えられていました。

これを当時、アメリカの服飾専門誌であった「アパレル・アーツ」誌が大々的に紹介しました。わざわざ「プリンス・オブ・ウェールズ・トップコート」と銘打ってのことです。この名称は一般化し、しばらくの間、流行アイテムとなりました。

当時、英国皇太子であらせられたお方が、既製品のコートを羽織るなど異例のことでもあったでしょう。ただ、人一倍、服装について造詣の深いお方だっただけに、こんなふうに考えていたのではないか、とも想像できるのです。

「そもそもコートは1日中着ているものではない。着ている時もあれば、脱いでいる時もある。いわば臨時の服である。そこに窮屈なしきたりや由緒などは似合わない」と。

ウィンザー公爵は70歳のとき、パリの自宅の庭で自伝映画「ある王の物語」の撮影に臨んだ(1964年8月)=UPI共同

もし、そうであるならば、コートの着こなしにはジャズの即興演奏を楽しむような、気楽さがあっても良いのではないか。自由な心で着こなす、自由の服装。それがトップコートの命ではないか、と。

エディンバラを訪れた皇太子は何を着ていたのか。おそらくは完璧に仕立てられた、フランネルのスリーピース・スーツではなかったでしょうか。であるならば、コートを脱いだ時、そこに1つの印象的な演出が出現したはずです。

自由なトップコートの下からあらわれる、完璧のスーツ。すなわち奔放と謹厳のコントラストの妙味。ウィンザー公は、そんなファッションが描く小話の筋立てまで、深く計算されていたのではないか、と思えるのです。もし、そうであるならば、さすがウィンザー公、と頭(こうべ)を垂れるしかありません。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

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