まるでデザイナーズハウス　不思議なSUVマツダMX-30

マツダが2020年10月に発売した「MX-30」は「不思議だらけのモデル」という小沢コージ氏。デザインのテイストはこれまでと一線を画し、走りの方向性も従来とは正反対の「穏やかタイプ」。一体マツダはこのMX-30で何を狙っているのだろうか。小沢コージ氏がその意図に迫る。

最近増え続けているコンパクトな多目的スポーツ車（SUV）。久々に不思議だらけのモデルに乗ることになった。名前はマツダMX-30。ジャンルにとどまらない、いわく言いがたいクルマである。

まず不思議なのがドア形状で、イマドキ珍しい左右観音開きドア（マツダはフリースタイルドアと呼ぶ）だ。同社はかつてRX-8というスポーツカーで、タイトな車内スペースとユーティリティーを両立させるための手段として採用していた。だが今回は背が高めのSUV。そこまでの必然性はないように感じる。

デザインも不思議だ。最近のマツダ車は、自ら「魂動（こどう）デザイン」と名付けた、抑揚の効いたエモーショナルなデザインが売りだったはず。ところが今回はその路線から若干外れ、塊感を重視した端正なタイプ。「魂動デザインはやめたの？」と一瞬思ってしまうが、これもまた「魂動デザイン」のひとつの形なのだという。

全長と全幅は19年に発売したコンパクトSUV、「CX-30」とまったく同じで、全高がわずか10ミリメートル高いだけ。つまり違いはざっくりデザインとドアの開き方だけということになる。いや、本当はもっと細かく違うのだが。

インテリアも変わっている。SUVは歴史をたどると直線的で実用的なインテリアを採用するものが多いが、MX-30はイマドキのオーガニックデザイン。中央に2つのワイドモニターが設置され、新デザインのシフトノブがフロアから浮かぶように設置された操作盤（フローティング・コンソールと呼ぶ）に収まる。どこを見てもデザインコンシャスだ。素材使いもユニークで、マツダの原点でもあるコルク材をふんだんに使い（マツダの前身は東洋コルク工業というコルク製造会社）、ペットボトルのリサイクル原料を素材としたフェルト風素材や、光沢のあるスーツ生地のようなリサイクルファブリックも採用されている。いずれも質感とともに、環境負荷低減を意識して新開発された素材だ。

ズバリ、デザイン、マテリアル、そして空間設計に凝ったクルマ。それがMX-30なのだ。強引に例えるなら「クルマ版デザイナーズハウス」で、個人的には美大出身のオシャレ男子やアート系女子に好かれそうな気がする。逆に言うとSUVはこうだ、セダンはこうだ、と強く固定観念を持っている人には響きそうにない。

今回発売された日本仕様は、156PSを発揮する2リッター直列4気筒ガソリンエンジンに、独自のマイルドハイブリッドシステムを組み合わせた「e-SKYACTIV G」を搭載。このシステムはモーターのみのEV走行こそできないが、発進加速は同じエンジンでハイブリッドを搭載しないCX-30より明らかに力強く滑らかで、リッター当たり15.6キロメートルのWLTCモード燃費も達成している。

さらなる驚きが乗り心地に隠されていた。ここ最近のマツダ車は、マツダ3あたりからシート構造で運転者の骨盤を立たせ、運転のレスポンスを重視して比較的足回りを固めたものが多かったが、MX-30は違う。今まで以上に柔らかく、しなやかな味付けになっているのだ。

グレード構成も不思議で、駆動方式により242万円（税込み、以下同）のFFと265万6500円の4WDという2種類があるものの、エンジンのグレードは1つだけ。オーナーの好みに応じて「ベーシックパッケージ」「セーフティパッケージ」「ユーティリティパッケージ」「360°セーフティパッケージ」などの追加装備を選べる。ボディーカラーは凝った3トーンカラーが3色とモノトーンカラー4色が用意され、インテリアにはホワイト系の「モダンコンフィデンス」と、ブラウン系の「インダストリアルクラシック」がオプション設定される。単一グレードにさまざまなオプションを追加することで、いかようにも自分の好きな仕様が作れるというわけだ。

クルマというより、まるでオシャレなオーダー家具であり、ビュッフェスタイルのように選べるという趣向だ。逆にいうと、これまたこれまでのクルマ好きからすると戸惑いがあるかもしれない。

最後の不思議は、このクルマがエンジンの補助にモーターを使うマイルドハイブリッドとしてデビューしたこと。19年の東京モーターショーではピュアEV（電気自動車）として発表され、欧州でもEV版が先行発売されている。当然国内でもEVとして発売されると思っていたが、フタを開けてみれば国内はマイルドハイブリッドからで、EV版は来年1月に追加予定。小沢もこれには驚いたが、ここにはマツダの苦しい販売戦略が見え隠れする。

今やマツダも二酸化炭素（CO2）排出規制の厳しい欧州で、ピュアEVを売らなければならない。欧州CAFE（企業別平均燃費基準）が規定数値に達しなければ、厳しい罰金が科せられてしまうからだ。だが既存のハッチバックやSUVのボディーを使って、中身だけをEV化してもなかなか売れないだろう。斬新さがないとEVは目立たないし、話題にすらならないのだ。

そこでまず斬新なコンセプト&デザインのコンパクトEVを欧州を中心に売り出し、その後、マイルドハイブリッド版を追加する基本的戦略だったのではないだろうか。日本でも本来はEVから売りたかったが、販売台数的にも、価格的にも、生産の都合上も、マイルドハイブリッドからのほうが売りやすい。そこでモーターショーでEVイメージを先行させた上で、より現実的なマイルドハイブリッドモデルの販売に踏み切ったのだろう。

MX-30は、恐らく今のマツダの2つの野望を巧みに両立しようとしている。それは電動化と、現状打破の夢だ。

内燃エンジンに可能性を見いだすマツダとて、電動化からは逃れられない。特に規制が厳しい欧州では電動化による平均燃費の改善は待ったなしで、いや応なしにEVを作らなければならない。だが、現状はEV単独モデルでは利益が出ない。そこで新機軸のデザインをまといながらも、マイルドハイブリッドを搭載したモデルとならざるをえない。

同時に「クルマの個性」という側面でも、マツダは従来の一本調子の戦略に限界がきているように見える。ラインアップのどのクルマに乗ってもデザインや走りは同質。一貫性は確かに魅力だが、顧客層を絞ってしまう面もある。今後の成長を考えるなら、もう少しバリエーションを増やす必要があるだろう。MX-30は第一歩としての役割も担っているのだ。

MX-30で新たなステージへと歩みを進めるマツダ。ぜひ成功を祈りたい。

（編集協力　出雲井亨）