日経ナショナル ジオグラフィック社

リステンパート氏の研究チームは19年、話し声が大きければ大きいほど、排出されるマイクロ飛沫の量が多くなるという論文を学術誌「Scientific Reports」に発表した。だがこのとき、同じ音量で話しても大量のエアロゾルを排出する「スーパーエミッター(排出者)」がいた。彼らがスーパースプレッダーになる可能性がある。

「明らかに、生理学的な理由があるはずです」。ひとつの可能性として、気道液の粘度と、それが引っ張られたときにどう反応するかが人によって違うのではと、リステンパート氏は考えている。

過去の研究では、大量のエアロゾルを排出する人が霧状の塩水を吸い込むと、エアロゾルの数が減ることが示された。塩水の霧を吸い込めば、気道液の粘度が下がる。ということは逆に、気道液の粘度が高い人は、より多くのエアロゾルを生産すると考えられる。

問題をややこしくさせているのは、呼吸器の感染症が気道液を変化させるということだ。例えば、細菌性肺炎や重度のインフルエンザに感染すると、水分が失われてたんぱく質が多く作られるため、気道粘膜の粘度が高くなる。ぜんそくやのう胞性線維症などの慢性的な病気も、気道液の粘度が高くなる要因になる。

対策は換気とマスク

その他の疑問を解明するにしても、エアロゾル自体の性質がそれを困難にしている。微粒子は周囲の環境に敏感なため、大きな飛沫から水分がすぐに蒸発し、小さくて濃度の高い粒子ばかりになり、測定結果がゆがめられる可能性がある。計測器でとらえた空気の温度、湿度、流れもまた、計測しようとするエアロゾルを変化させてしまうかもしれない。

このようなさまざまな問題が立ちはだかり、エアロゾルによる感染伝播の研究は数十年間進展を見せていなかった。「20年の今になっても、インフルエンザがどうやって拡大するかについてはっきりとした結論が出ていません」。そう話すリステンパート氏は、最近になって、インフルエンザウイルスが塵(ちり)の粒子に乗って移動することを示唆する論文を発表した。

だが、その研究分野が今、新型コロナウイルスのおかげで注目されている。03年に発生したSARSよりもなぜ新型コロナの方が空気を介して感染しやすいのかが、マイクロ飛沫感染によって説明できたためだ。

多くの専門家は現在、室内の換気をよくし、マスクを着用することで、マイクロ飛沫に乗って拡大する新型コロナウイルスの感染を抑えられるという意見に同意している。モラウスカ氏、ミルトン氏、その他多くのエアロゾル科学の専門家は今年7月、マイクロ飛沫感染にもっと注目すべきだと訴えた。米疾病対策センター(CDC)とWHOも、今ようやくこれを強調し始めている。

(文 FEDOR KOSSAKOVSKI、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年10月30日付の記事を再構成]

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