コロナで再注目 石器時代からある手袋の意外な歴史

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

1947年、カラフルな手袋を吟味する女性の写真。ステータスシンボルとして長年にわたり愛されてきたファッション手袋は20世紀後半に衰退したが、コロナ禍の今、安心感を得るためのグッズとして復活するかもしれない(PHOTOGRAPH BY B. ANTHONY STEWART, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、温暖な季節にもシックな手袋を少しだけ復活させるかもしれない。人類は何千年も前から、暖をとるため、ファッションのため、手を保護するために手袋をはめてきた。手袋は、英国王室の儀式から20世紀初頭の医療に至るまで、あらゆる場面で大きな役割を果たしてきた。

ステータスシンボルとして

古代の洞窟絵画を見ると、氷河期の石器時代にも、人類は何かを編んで作ったようなシンプルなミトンを使っていたことがわかる。現存する最古の手袋は、1922年にエジプトのツタンカーメン王の墓から発見された。紀元前1343~1323年に作られた、手首で結ぶタイプの麻製のおしゃれなものだ。

「馬で引く二輪の戦車に乗るときに使うものだと思われます」と、革と手袋の専門家で、『Gloves and Glove-Making(手袋と手袋づくり)』という著書があるマイケル・レッドウッド氏は言う。「これをはめて手綱を握るのですが、実用品というよりは象徴的なものだったのでしょう。古代の手袋は、王族にとっても、宗教にとっても、法制度にとっても重要な品でしたが、ツタンカーメンはこの3つを兼ねた存在でした」

当時、貧しい人や労働者は家庭で編んだ手袋を使っていて、上流階級の人々は布製や革製の手袋を使っていた。上流階級の人々にとっても、手袋は実用的なものだった。ホメロスの『オデュッセイア』にも、登場人物たちが棘(とげ)のある木から手を守るために手袋をするくだりがある。ヨーロッパの騎士は身を守るために(そして威圧感を与えるために)手首より長い金属製の「篭手(こて)」を身につけていた。

中世ヨーロッパでは手袋がさらに普及したが、五本指の手袋の製作にはミトンより多くの資源と技術が必要になるため、非常に丈夫なもの(戦士が使う鎖帷子(くさりかたびら)製の手袋や鍛冶屋が使う厚手の革製の手袋など)か、上流階級のファッションや儀式用のものしかなかった。

英国君主の戴冠式では、西暦973年のエドガー王の戴冠式以来、宮中の役人が君主の右手の手袋を外し、薬指に指輪をはめる儀式がある。1559年にエリザベス1世が即位式に臨んだときの手袋は、白のスエード製で、銀のふさ飾りがついていた。エリザベス2世が1953年6月2日の戴冠式で着用した真っ白な革手袋は、見た目に大きな違いはないが、より凝った作りになっていて、金糸で女王のイニシャル「ER II」の縫い取りが施されていた。

古代ヨーロッパでは、手袋を贈ることには、土地の譲渡や優遇措置を与えるという意味があった。騎士たちは戦いを挑むときに相手に向かって篭手を投げたが、この伝統の精神は後世に受け継がれ、紳士が決闘を申し込むときに手袋を投げるようになった。

エリザベス1世の時代には、ヨーロッパの上流階級は男性も女性も手袋なしで人前に出ることはほとんどなかった。ファッション史家で、米ニューヨーク州立ファッション工科大学博物館の館長でもあるバレリー・スティール氏は、「手袋の製作は複雑だったので、非常にぜいたくな品でした」と言う。ベネチア派の画家「ティツィアーノが肖像画を描いた16世紀の金持ちたちは皆、手袋をしているか、手袋を手に持っています」。またカトリック教会では、神父たちは純潔を示すために手袋をしていた。

ヨーロッパの宮廷では、宝石をちりばめた長手袋が男女を問わず人気だった。「長手袋にはしばしば香りがつけられていました。香りをつけることで、瘴気(しょうき)のせいでうつる病気を払えると信じられていたからです」とスティール氏は言う。香り付けにはハーブやスパイスが使われ、動物の排せつ物でなめされた革の悪臭を消すのにも役立っていた。

イタリア生まれのフランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスは、16世紀のフランス宮廷で甘い香りのする手袋を広めただけでなく、これを使ってスペインの王族に毒を盛ったとして非難された。この噂話は証明されることはなかったが、何十年にもわたってささやかれ続け、アレクサンドル・デュマの1845年の小説『王妃マルゴ』に影響を与えた。

手袋産業の隆盛

18世紀から19世紀にかけてヨーロッパと米国が繁栄するにつれ、乗馬から宗教行事まで、あらゆる分野で多くの手袋が必要とされるようになった。「手袋は、中流階級や上流階級に属している証になりました。手袋をしていることは、それを買うお金があることと、太陽の下で素手で働く必要がないことを意味したからです」とスティール氏は言う。「つまり、何もする必要がない身分の証明でした」

19世紀の金持ちは1日に何度も手袋を取り換えていた。午後の外出には馬車遊び用の短い手袋を着用し、女性はパーティーで肘の上まであるオペラ手袋なども着用した。手袋は絹、綿、革(なかでも山羊革が珍重された)などで作られ、その多くが白かった。スティール氏は、「白い手袋はすぐに汚れるのでたくさん買わなければならず、頻繁に取り換えなければなりませんでした」と言う。

「手袋は、家の外に出るようになった女性たちの心もつかみました」と、英ヨーク大学の文化史研究者のスーザン・J・ビンセント氏は言う。「ガーデニング、ドライブ、氷河のトレッキングなど、女性たちが外で参加できる活動が増え、そのような場所に出て行くための服装が必要になったのです」

手袋に関連する複雑なエチケットや象徴も生じてきた。男性が手袋を外して握手をするのは信頼の証であり、女性が手袋を外してよいのは食事をするときだけとされた。手袋の普及とともに、手袋を収納するための細長い箱や、長手袋のボタンをかけるための編み針のような道具など、専用の品々も登場した。

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