ボージョレブーム第2幕 新酒とは違う多彩な味わい
エンジョイ・ワイン(32)
11月19日は「ボージョレ・ヌーボー」の解禁日。平成の一時期、大ブームを巻き起こしたこのフランス産ワインの新酒だが、近年の輸入量は右肩下がり。一方でそれに反比例するかのように近年、同じ場所で造られるボージョレ・ワインの人気が世界的に高まりつつあり、原料となるブドウ品種ガメイにちなみ、愛好者を「ガメラー」と呼ぶ動きも。新酒とはひと味違うワインの多彩な表情と時代にマッチした味わいが背景だ。熱烈な愛好家らが薦めるボージョレ・ワインを今回は紹介しよう。
ボージョレはフランスの銘醸地ブルゴーニュの南端に位置する地区の名前。同地区で造られ、毎年11月の第3木曜日に、世界各地で一斉に売り出される新酒が、ボージョレ・ヌーボー。かつて解禁日には日本でもお祭り騒ぎとなったのをご記憶の方も多いだろう。
ボージョレ地区では新酒以外のワインもたくさん造っており、「ボージョレ」や、ワンランク上の「ボージョレ・ヴィラージュ」という名前で売られている。さらにランクが上のワインもあり、「ムーラン・ナ・ヴァン」や「モルゴン」など、そのワインが造られた村の名前を冠している。ボージョレ・ワインは、それらの総称だ。
日本のボージョレ・ヌーボーの輸入は減少傾向にあり、昨年の輸入量はピークだった2004年の4割程度にまで落ち込んだ。一方、ボージョレ・ワインの人気は世界的に高まっており、英国のワイン専門誌「デキャンタ―」によると、英国では昨年、赤とロゼのボージョレ・ワインの輸入量が前年比22%も増えた。米国は、数年前に日本を抜いて、ボージョレ・ワインの世界最大の輸入国となっている。
輸入減少が続く日本でも、ボージョレ・ワインの熱烈な愛好家が少なくない。彼らは、ボージョレ・ワインの原料となるブドウ品種ガメイをもじって、自らを「ガメラー」と呼んでいる。最近は、ガメラーがひそかに増殖しているとの話も、よく耳にする。
そんなガメラーの1人が、ワインショップ「WINE MARKET PARTY」(東京・渋谷)の店長、沼田英之さんだ。「新人のソムリエには、ガメイの魅力を教えるため、必ず熟成したガメイのワインを飲ませる」という沼田さんは、その魅力を「表情が豊かなこと」と説明する。
ガメイから造るワインは、ボージョレ・ヌーボーのイメージが強いため、若いうちに飲むライトボディーのワインと思われがちだが、よく熟したブドウをていねいに仕込んで造るガメイは、フルボディーに近く、熟成するに従い、複雑な風味を帯びる。ブドウの栽培方法や醸造方法で味わいも大きく変わるため、「ブラインドでガメイを飲むと、ボディーのしっかりしたシラーやピノ・ノワールと間違う人も多い」と沼田さんは話す。
そんな沼田さんが推薦するのは、「シャトー・ティヴァン コート・ド・ブルイィ レ・セット・ヴィーニュ 2018」(小売価格3700円)。ボージョレ地区で1877年からワインを造り続けている家族経営の小さなワイナリーで、世界的なワイン評論家のジャンシス・ロビンソンさんも高く評価している。
ワインは、重厚かつ落ち着いた趣で、シラーのようなコショウのニュアンスを感じる。ただ、シラーほどのタンニン(渋み)はなく、酸味・果実味・タンニンがほどよいレベルで調和しているので、肉料理なら調理法を問わず、どんな料理にも合いそうだ。
ボージョレの人気が高まっているのは、ナチュラルワイン・ブームの影響もある。ナチュラルワインは、有機栽培ブドウを、天然酵母を使って発酵させ、酸化防止剤を極力使わずに造るワインで、ジュージーな風味と心地よいのど越しが特徴のワイン。ワインの本場パリにもナチュラルワイン専門バーが登場するなど、今や世界的な人気だ。
ボージョレ地区には昔からナチュラルワインの生産者が比較的多く、彼らが造るボージョレ・ワインは、味わいの傾向がナチュラルワインと、とてもよく似ている。重厚なタイプとは対照的な味わいだが、これも「表情が豊か」なガメイならではだ。
そんなナチュラル系のボージョレ・ワインを紹介してくれたのは、ナチュラルワイン専門店「酒美土場」(東京・中央)を経営する岩井穂純さん。自身も大のガメイ好きという岩井さんイチ押しは「パトリック・コトン ブルイィ ル・ディアーブル・ヴォーヴェール 2017」(小売価格3500円)。
パトリック・コトンはブルイィ村の生産者で、ナチュラルワインの父とも言われる故マルセル・ラピエールと一緒にワインを造ったこともある。ル・ディアーブル・ヴォーヴェールは、典型的なナチュラルワインの味わいで、14%というアルコールの高さをまったく感じさせない飲みやすさだ。鼻につんと来る揮発酸の香りが、アクセントになっている。
紹介した2本は、いずれも格上のボージョレ・ワインだが、最近は、「ボージョレ」や「ボージョレ・ヴィラージュ」といったより手ごろなボージョレ・ワインも、一昔前に比べておいしくなったと言われている。
理由は、栽培や醸造法の見直しだ。ボージョレ・ヌーボーが世界的なブームとなった時に、質より量を追い求めた生産者が畑に大量の農薬と化学肥料をまいた結果、土壌が次第にやせ細り、ブドウの質が落ちたと言われていた。また、解禁日に間に合わせようと、ブドウを未熟なまま収穫し、糖と培養酵母を加えて無理やり発酵させるというやり方が横行したため、「どれを飲んでも同じようなものばかりになった」と、故・勝山晋作さんは著書『アウトローのワイン論』で述べている。
勝山さんは日本にナチュラルワインを広めた最大の功労者の1人で、「元祖ガメラー」とも言われた人物だ。
安易な量の追求が人気の衰退につながったとの反省から、近年は、質重視のワイン造りに回帰する生産者が増えているという。加えて、今年は特に天候に恵まれ、ブドウの質が非常によいとされているので、ボージョレ・ヌーボーもいつもの年より期待できるかもしれない。
先日、日本のメディア向けに現地でオンライン説明会を開いた大手生産者アルベール・ビショーの醸造長、アラン・セルヴォーさんは、瓶詰したばかりの「アルベール・ビショー ボージョレ・ヌーヴォー 2020」(参考小売価格2650円)を試飲しながら、「今年の夏は暑くて雨が少なかったため、収量は減ったが、その分、凝縮感のあるブドウができた。ワインも非常にパワフルで、香りも素晴らしい」と語った。
ナチュラルワインの生産者が手掛けるボージョレ・ヌーボーも輸入されており、数は少ないが、ワインショップに行けば手に入る。個人的にはそちらもお薦めだ。
*価格は税別
(ライター 猪瀬聖)
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