日本の学校教育、「変わっている」を褒め言葉にユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン・小林りん代表理事

学校法人ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事。都内の高校からカナダのUWCに編入。1998年に東京大学経済学部を卒業後、国際協力銀行などを経て2005年にスタンフォード大学大学院で国際教育政策学の修士課程を修了。国連児童基金(ユニセフ)のプログラムオフィサーとしてフィリピンでストリートチルドレンの教育問題にかかわり、14年に現在の学校の前身であるインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)を設立した。
学校法人ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事。都内の高校からカナダのUWCに編入。1998年に東京大学経済学部を卒業後、国際協力銀行などを経て2005年にスタンフォード大学大学院で国際教育政策学の修士課程を修了。国連児童基金(ユニセフ)のプログラムオフィサーとしてフィリピンでストリートチルドレンの教育問題にかかわり、14年に現在の学校の前身であるインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)を設立した。

日本経済新聞社(東京・千代田)と女性向け動画配信のC Channel(Cチャンネル、東京・港)が立ち上げた働く女性を応援するメディア「newme」。金融や政治、教育など各分野のプロフェッショナルをゲストに招き、従来の概念にとらわれない生き方を選ぶために必要な情報を提供していきます。今回のテーマは「教育」。世界から生徒が集まる全寮制の国際高校「ユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)ISAKジャパン」を運営する小林りん代表理事に同校設立の経緯や学校教育のあり方について聞きました。

国際高校設立に3つの転機

――UWCISAKジャパン設立の経緯を教えて下さい。

「ターニングポイントは3つありました。大きな契機は高校1年の時で、1学期の定期試験で数学が赤点となったことで先生に呼び出され、『このままでは大学にはいけないので一生懸命、数学をやってください』と言われました。私は『なぜいきなりわたしの欠点から入るのか』とかなり違和感があり、口論に近い3者面談になって学校を中退しました。中退後に奨学金で単身カナダに行きました。初めての海外生活の経験となったこの高校1年の現実逃避が大きな転換期です」

「カナダでメキシコ人の子と仲良くなり、メキシコに行ったことが大きな2つ目の転機です。メキシコの大きなスラム街の光景を目の当たりにして、自分は世界的にみたら数%の恵まれた側に生まれた人間だということを初めて肌で痛感しました。その時に『これだけの幸運に恵まれた人間の果たすべき役割は何なんだろう』と考えました。今考えれば妄想に近いですが、『たくさんの人のために何かをしないといけない』と17歳の夏に思いました」

「3つ目の転機は前職です。国連児童基金(ユニセフ)で18歳以下の世界中の子どもたちのために働いていました。フィリピンに駐在して、子供たちに読み書きそろばんを教えるという仕事で、目の前の子どもたちの人生が変わっていくことを手伝うことができるやりがいのある仕事でしたが、ユニセフ全体で1年間に9千人くらいの子どもしかサポートができません。対症療法としての意味はすごく大きいですし、ミクロレベルでは一人一人の人生が変わっていきますが、マクロで見たときに、『貧困を温存、再生産していく社会構造はどうやって変わっていくのだろう』と問題意識を持ち始めました。その時にたまたま(UWC ISAKジャパンの発起人代表となる)谷家(衛)さんと知り合い、『アジア中から子どもたちが集まり、世の中を変えられるような人を育成できる学校を作ろう』という話を聞きました。その時に高校時代からの私の原体験や苦労、挫折などは、もしかしたらこのプロジェクトのためにあるのかもしれないと思いました。ただ簡単ではなくて、その時点では2~3年で学校ができるはずでしたが、大変な紆余曲折(うよきょくせつ)を経たために構想から7年かかり、ようやく学校を開校したのは2014年秋でした」

起業家のポイントはビジョンの有無

――途中で諦めようとは思わなかったのですか。

「不思議なことに私はそれまで4回転職しましたが、初めて『この事業のために生まれてきた』と思えた職業でした。高校時代、もしかしたらもっと前から考えてきた疑問や生き様、価値観などいろんなことが全部、ここに向かっていた気がしていました。そう考えると諦める選択肢はありませんでした。私の中では、自分が高校で留学して世界が広がり、いろんな価値観が変わったという原体験があったので、まだ見ぬ学校の姿が目を閉じるとそこに見えていました」

「やはりまだ人が見えない何かを自分の中で明確に見えるかどうかというビジョンが起業家の大事なポイントだと思います。そのビジョンを私はたまたま奨学金で海外に行っていたので、ものすごく先にできあがった学校の姿があったんだと思います。それが決して諦めるという選択肢が浮上してこなかった背景です」

「変わっている」を褒め言葉に

――きっかけとなった高校中退の経験で、「日本の高校はまず欠点を言ってしまう」と、学校教育とはどうあるべきなのでしょうか。

「高度経済成長期はそれで良かったと思います。国家全体で向かう方向がある程度決まっていて、みんなでいかに効率よく日本全体を盛り上げていくかという時代。その時は一定の比較の中で作業できる人が非常に重宝された時代でした」

「しかしそれから何十年もたって、日本にはイノベーションが必要だと言われて久しいです。そのときに教育も同時に変わっていかなくてはいけないと思います。減点主義や画一な世界ではなく、すこし凸凹があっても良いところを伸ばしていくとか、人と違う人が長所なんだという社会になることが大事です。日本語で『彼女変わっているよね』というと、若干ネガティブじゃないですか。日本で『変わっている』という言葉が褒め言葉になる時代が来てくれたら良いと思います」

(この企画は日経とC Channelが共同で展開しています)