目標は壮大だが、続けているのは小さな一歩の積み重ねだ。
そもそも「お金を使わない実験」を思い立ったのは、高校卒業のころに立ち上げた事業の失敗に起因している。高3のとき、あるビジネスコンテストで優勝し、その資金を元手に友人と自転車シェアリングの会社を始めた。しかし開発などで早々に資金を使い果たすと、チームは空中分解して終わった。「資本主義の中で生きているのに、自分はお金について何も理解できていない」。こう思い知らされ、お金を持たない生活をすることで逆にお金の輪郭をつかもうと考えたのだという。まだ完全な答えは見つかっていないが、お金でもモノでも、お互いに何かを提供し合うときの調和が「あうんの呼吸」で成り立つ感覚がつかめた気がしている。
キャリコンの練習相手に
カケダスも危機の連続だった。2017年秋に「noFRAME schools」という名前で地域留学イベントを始めたが、事業規模の拡大に限界を感じた。そこでプログラミングなどの学習方法のシェアや最適な学習コンテンツを助言するサービスを次々と打ち出すが、どれも短期間で行き詰まった。投資家から出資を受け、社員も増えるなかで後がなくなっていった。
そんな状況だった19年2月、たまたまキャリコンの国家資格を取った友人から練習相手になってほしいと頼まれた。利害関係のないキャリコンに、会社の仲間にも打ち明けられなかった悩みを傾聴してもらえたことで、堂々巡りしていた思考が解きほぐされる感覚を味わった。「同じような対話を必要としている人はたくさんいるはず」。キャリコンのマッチングを事業の柱にすることを決め、社名も変えた。会社がようやく軌道に乗り始めた。

渋川さんは「資金調達のときに『起業家としての生き方はある種の隠れみので、本当にやりたいのは世界の究極解を見つけ、世の中をもっとワクワクさせること』と説明している」と話すが、短期間に何度も事業をピボット(事業の方向転換)させて投資家は怒らなかったのか。外部からの出資者第1号となったエンジェル投資家で公認会計士の相川光生さんは「一生懸命なのを見て応援したくなった」と振り返り、ビジネスモデルが二転三転したのも、創業したてのスタートアップではよくあることと気にしていない。「世の中をよくするのが目標なら、働く人の仕事の悩みを軽減して社会を活性化させるような成果を、具体的に1つ1つ実現し続けてほしい」と期待する。
渋川さんは人々が協力し合う仕組みを研究するため、心理学の一分野である行動分析学を大学院などで本格的に学ぶことも考えている。そのための準備として、オンライン学習プラットフォーム「edX(エデックス)」を通じ、データサイエンスなどの講義を視聴できる米マサチュセーッツ工科大学(MIT)の「マイクロマスターズプログラム」も受講した。めざしたゴールの方向はぶれていない。
(ライター 高橋恵里)