量と種類に圧倒!刺し身の「魚金」 次はマグロ専門店
東京の新橋・虎ノ門界隈(かいわい)にお勤めの方なら、ご存じであろう居酒屋「魚金」。刺し身の盛り合わせは、「嘘だろう」と思うほどの種類と量が盛ってあり、値段もさほど高くない。ほかにも魚介料理が豊富にあり、新橋だけで8店の「魚金」があるが、どこも、いつもお客でいっぱいだ。
その「魚金」が10月、東京・東銀座に新しいコンセプトの店を出した。その名も「銀座マグロ食堂魚金」。マグロの刺し身を核に、「掴(つか)み寿司」というちょっと珍しいタイプのすしを名物料理として取り入れた。これは行かざるを得ない。
オープン数日後の土曜日の夕方18時。「オフィスで働いている人はいない土曜日だし、早い時間だから大丈夫だろう」と高をくくって、予約なしで訪店したら「予約で席がいっぱいで、ご案内するのは・・・」とのスタッフの声。「マジか」と思っていたら、たまたま早く帰るカップルがいて、カウンターに滑り込むことができた。20席ほどのカウンターのほかテーブル席、靴を脱いで上がる小上がりもある。全部で80席ほどか。
まずは、マグロだ。盛り合わせは2人前1980円、3人前2480円、4人前2980円だったが、1人だったこともあり、単品の「トロ」(980円)を選ぶ。
登場した刺し身は「美しい」の一言。ピンク色で輝きを放っている。3種盛っている。大トロ、中トロ、赤身だろう。口に含むとネットリ。産地は明記していないが、店がこだわる「本マグロ」の面目躍如だ。マグロは基本的に冷凍状態で流通していて、解凍技術の巧拙がおいしさにかかわってくる。その点、1995年の開店から一貫して魚にこだわってきた「魚金」ならではだ。大トロと言いながら、妙に筋が気になる刺し身を出す店がある中で、十分満足できる品だ。
で、ここで妙なことに気がついた。ツマがキュウリの塩もみなのだ。普通、刺し身のツマといえば、ダイコンの千切り。それにオオバや穂ジゾがついたりつかなかったりだ。不思議に思って、カウンターの向こうにいるキッチンスタッフに聞くと「社長のこだわりなんですよ。僕もよくわかりません」とのこと。
想像するに、一つは、「味」だろう。ダイコンのツマはさっぱりしているが、マグロの脂分を流すほどのパワーはない。ほかの定番でいえば、すし店でよく使うショウガの甘酢漬け「ガリ」だが、ガリは感覚的に強すぎる印象だ。その点、キュウリの塩もみは、適度な塩分と食感を食べ手に与えてくれる。
そして、実はキッチン作業の合理化を図ろうとしているのではないか、と思った。ダイコンのツマは、居酒屋レベルではわざわざ桂(かつら)むきにして千切りにしたりしない。多くは専用の機械で切る。それを水を張ったプラスチック容器に入れて仕込み、提供時に適量を取り出して水を切って盛り付ける。ただ、唯一の問題点は、おいしそうに見えるようにふんわりと盛り付けるには、ちょっとした経験が必要だ。薄く切ったキュウリの塩もみなら、取り出して添えるだけで済む。人手不足時代のアイデアではないか(ほとんど妄想だけど)。
刺し身以外も多彩なマグロ料理がある。サラダ、ちょっとしたつまみ、揚げ物。マグロをつくだ煮にしてご飯にのせたミニご飯もある。だがその中で、本命と言えるのが「本マグロ中落ちスペシャル」だろう。わずかに身が残るアバラ骨をそのまま提供して、客が自分でこそげ取るメニューだ。手法自体はよくあるが、客は味そのものだけでなく、自分がかかわる楽しさも求めているいま、有効な手段だろう。ハーフ880円、フルサイズで1580円だ。
刺し身に次ぐ、もう一つの名物とうたう「掴(つか)み寿司」もよく考えられている。
要は、押しすしの一種なのだが、世の中に流通している押しすしに比べ、酢の存在感を薄くし、タイやアジ、カツオなど9種の魚種を用意している。そしてアイデアポイントは、4センチメートルくらいの正方形に整形し、複数の魚種を楽しめることにしていること、「山本山の海苔」で巻いて食べる形にすることで、しょうゆに付けなくても食べられるようにしていることだ。ちなみに、魚種単品だけでなく、複数のすしを盛り合わせたものもある(10貫、980円)。こちらも、職人の技術に頼らず、料理を作ることができる仕組みだ。
頼んだ「マグロ」は、具を細かく刻んで、ヅケにしてあった。少しゴマ油の香りも感じた。既存のマグロの刺し身との差別化だろう。
「魚金」は、首都圏最強の居酒屋グループの一つである。
父の飲食店を手伝っていた金原伸吉氏が1994年に新橋で独立。当初から、「安くておいしいものを腹いっぱい食べさせる」という経営理念を持ち、築地市場に通って、安くておいしい魚を手に入れることに苦心した。そうした努力が、「新橋に魚金あり」という評判を呼び、新橋でのドミナント展開を実現していく。刺し身中心の和食業態だけでなく、バルやビストロも開店した。新橋では和食店を含めて11店を布陣する。
当初は新橋や五反田周辺での展開を志向していたが、客の評判の良さから、池袋や新宿など都内の主要ターミナルだけでなく、吉祥寺や横浜にも展開している。現在、和食系と洋食系を合わせて数十店にのぼる。
そして、財務的にも優良企業だ。会社ホームページによると、2018年2月期の売上高は60億円。決算公告では、2020年2月期の純利益は1億2271万円となっている。毎年の利益を積み上げた利益剰余金は16億4269万円に及び、企業の安定性を示す自己資本比率は、高い安全性を物語る50%以上となっている。もちろんコロナでこの状況はだいぶ変わっていると思われるが、「安くておいしくを腹いっぱい」の精神が揺るぐことはないだろう。自粛要請期間が過ぎた後、「魚金」への客の戻りは早かった。店の実力である。
10月最終週の週末、2度目の訪店をした。前回の経験を生かし、ネットで17時から事前予約したが、3日前で簡単に予約できた。行ってみると意外と客がいない。スタッフと話をすると「オープン直後は、とにかく魚金ファンのご来店が多くて大変でした。やっとおちついたところです」
と言いながら、18時を過ぎると、予約客を中心にどんどん客が入ってくる。女性も多い。
「銀座マグロ食堂魚金」は、東銀座の商業ビルの3階に店がある。新橋ではほぼ1階の路面店でこうした「ビルイン」タイプは、「魚金」の中では少数派だが、しっかり客が付いている印象だ。おそらくこれから噂を聞いた客が増えて、予約が取りづらい状況になるだろう。行くなら今をお勧めしたい。ほかの店にない体験ができる。
ただし、一つだけアドバイス。説明はないが、実はお通し代410円がかかり、さらに5%のサービス料もある。そのトータルに消費税がかかるから、決して「激安」ではない。ただ、それでも、客が来るのが「魚金」の魅力であり、力強さなのだ。
*価格は税別
(フードリンクニュース編集長 遠山敏之)
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