凶暴なティラノサウルス類 生まれたては「チワワ」大
ティラノサウルスの仲間は地上最大級の肉食恐竜として知られるが、赤ちゃんのころはチワワほどのサイズで、長い尻尾をもっていたらしい。英エディンバラ大学の古生物学者グレゴリー・ファンストン氏は、発掘された赤ちゃん化石をティラノサウルス類と特定、2020年10月中旬にオンラインで開催された古脊椎動物学会の年次総会で発表した。
化石のティラノサウルス類は、まだ胚の段階で、卵の殻に守られて発達の途中だったとみられる。足の爪と下あごに当たる二つの化石が、北米の別々の発掘現場で見つかった。どちらも7500万年前から7100万年前の時代、ちょうどティラノサウルス類が最上位捕食者として君臨しはじめたころの化石だ。
小さな足の爪は、カナダのアルバータ州、先住民が暮らす地域にあるホースシューキャニオン累層で2018年に見つかった。あごの化石も、先住民の土地である米モンタナ州のツーメディスン累層で1983年に見つかった。
これらの化石の重要性は、発掘してすぐに認識されたわけではなかった。大学院生だったファンストン氏は、足の爪の正体を突き止める研究を行っていたとき、指導教官のフィリップ・カリー氏から石に包まれた小さなあごを見せられた。あまりに細くて、石から取り出せないほどだった。「ティラノサウルス類のものだとはまったく思っていませんでした」とファンストン氏は話す。しかし、3次元(3D)スキャンと復元作業によってあごの全体像が明らかになると、その考えは変わった。
今回の研究に関わっていない米オクラホマ州立大学の古生物学者エバン・ジョンソン=ランサム氏は、これらの骨は他の恐竜たちと「診断・識別可能」と述べる。特にあごの骨は、既知のティラノサウルス類の骨とよく似ている。
「ティラノサウルス類の赤ちゃんについて、理解を深めるチャンスだと思いました。完全に謎に包まれていましたから」とファンストン氏は話す。これまでに見つかっているティラノサウルスの化石は、ほとんどがおとなか若い恐竜のものだ。赤ちゃんは推測によって復元されていたが、実際にどんな姿をしていたかは誰も知らなかった。今回、足とあごの化石が特定されたことによって、実際の化石と照合して判断できるようになる。
驚きの小ささ
ティラノサウルス類の赤ちゃんはおとなに比べれば非常に小さく、体長は約10分の1しかないことがわかった。アフリカゾウの赤ちゃんの体高はおとなの4分の1ほどだ。今回調査されたあごの骨は体長75センチほどの個体のもの、足の爪は体長90センチほどの個体のものだという。
90センチの赤ちゃんと聞けば、かなり大きいと思うかもしれない。しかし、体長10メートル以上、体重3トン近くに達するおとなに比べれば、非常に小さい段階で孵化(ふか)すると言える。あごには小さな歯がついており、専門家が「ゼロ世代の歯(null generation teeth)」と呼ぶものと一致する。これは最初に形成される歯のことで、成長とともに生え変わる。
孵化したばかりのティラノサウルス類は、鋭い歯と小さなあごを使って虫やトカゲなどを食べていただろう。食べるものは成長に合わせて変化する。たとえばティラノサウルス・レックス(T. rex)の標本からは、11歳くらいまでに小型の恐竜を、22歳ごろまでに大形の植物食恐竜や、場合によっては他のティラノサウルス類の骨すら砕いて食べていたことがわかっている。
ジョンソン=ランサム氏は、「このティラノサウルス類の胚から、赤ちゃんの大きさがわかるだけでなく、卵の大きさも推定できます」と言う。ティラノサウルス類の卵そのものが特定された例はまだないが、今回見つかった赤ちゃんの推定サイズから、40数センチの長さの卵のなかで体を丸めている姿が想像できる。
今後の研究の起爆剤に
今回の化石は、もっと多くのティラノサウルス類の胚や孵化したての個体を探す手がかりになる。これまで、幼いティラノサウルスが見つかっていない理由はよくわかっていなかった。これまでに化石が見つかっている場所とは違う場所で母親が営巣していたのかもしれないし、子どもが存在していた形跡が何らかの理由でかき消されていたのかもしれなかった。ハドロサウルス類などの他の恐竜では、卵や赤ちゃんの化石が見つかっている。
実際は、通常の場所に隠れていたようだ。爪もあごも、他の恐竜の卵や骨が発掘された場所で見つかっている。
「どちらのティラノサウルス類の胚の骨も、他の恐竜の胚の骨が見つかった場所で見つかっています。そこから、ティラノサウルス類も他の恐竜と同じような場所に営巣していたと考えられます」と、ファンストン氏は語る。
古生物学者が集める化石のなかには、詳しく調べられないままになるものも少なくない。そのため、既存の博物館のコレクションのなかにも、ティラノサウルス類の子どもの化石が隠れているかもしれない。「今回の化石がきっかけになって、別の化石を探す研究が進展することを願っています」と話すファンストン氏は、既知の発掘現場を再調査することも計画している。
「まだ表面を少し掘り返しただけで、毎年のように新しい発見があるのですから」
(文 RILEY BLACK、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年10月24日付]
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