日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/11/20

極めて高解像度での観測が可能なアルマのデータでは、分析がより複雑になる。金星のように明るくて近い天体は、アルマのような超高感度の望遠鏡では問題が起こる場合がある。金星の観測データでシグナルを識別するためには、地球の大気、金星自体、さらには観測所の機器から発生する電波ノイズを除去しなければならない。

「これは非常に厄介な作業です」と、米国立電波天文台のブライアン・バトラー氏は言う。「金星は非常に明るく大きな天体であり、たとえ本物のスペクトル線があるとしても、微弱なものになってしまうのです」

さらに問題を複雑にしているのは、アルマ望遠鏡の補正(キャリブレーション)システムに最近、エラーが発見されたことだ。これによって大量のノイズが発生していた。

ホスフィンを発見したチームが使った手法は、バックグラウンドノイズを数学的に除去する「多項式フィッティング」だ。天文学者はこれで観測データのどの部分がノイズで、どの部分が本物のシグナルなのかを判定する。

しかし、ほかの天文学者はこのチームのデータ処理に懐疑的だ。ノイズが多いため、研究チームは高次の多項式を使っていた。つまり、データを数学的に処理するうえで、通常よりも多くの変数が使われた。

「変数を増やせば、データと現実の適合度を改善できますが、それにも限度があります」と、米コロラド大学ボルダー校の天文学者メレディス・マクレガー氏は言う。「どこかの時点で、ノイズや本物ではないシグナルまで、現実にあるものと判断してしまうことになるからです」

バトラー氏は、アルマのデータをダウンロードし、初期の補正を一部やり直したうえで、氏が普段採用している方法でデータを処理した。その結果、金星の大気中にホスフィンの痕跡はまったく見られなかったという。

「わたしは自分の経験から最善と思われる方法を採用しただけです」と、バトラー氏は言う。「元の研究チームのやり方を採用しない場合、ホスフィンの痕跡は得られません」

オランダ、ライデン天文台のイグナス・スネレン氏が率いるもう一つのチームも、アルマのデータ分析からホスフィンの証拠を発見できなかった。また同チームも、高次多項式フィッティングは、偽のシグナルを複数認識する可能性があると指摘している。

より多くの分析、より多くのデータを

金星にホスフィンが存在するかどうかについての最終的な判断は、新たな分析結果が査読され、発表され、今度はそれ自体が精査されるのを待たなければならない。

「追加の観測を行うことで、数少ない、ノイズの多いデータセットだけを根拠とした研究にならないようにしなければなりません」と、ソウサ・シルバ氏は言う。「今回得た教訓は、より多くの分析、より多くのデータを、粘り強く求めるべきだということです」

科学者たちは、いずれはホスフィンの謎の真相に迫れると確信している。

並外れた主張は、並外れた証拠を必要とする。バトラー氏は言う。「もしこの結果が間違っていたとしても、前例のないことではありません」

(文 NADIA DRAKE、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年10月27日付]