日経ナショナル ジオグラフィック社

しかし、フェニキア人がワインを醸造していた証拠は、これまでレバノン国内ではほとんど見つかっていなかった。計画的な発掘調査が行われてこなかったせいかもしれない。

「レバノンの沿岸地域がくまなく調査されたことはありません。適切な発掘調査が行われた鉄器時代のフェニキアの遺跡はわずかです」

ただし、現在のイスラエル北岸では、似たようなワイン醸造所がいくつか発掘されている。当時、一帯はフェニキアの都市国家ティルスとシドンに属していた。

「ワイン文化」を広めたフェニキア人

フェニキアの船乗りたちは北アフリカやシチリア島、フランス、スペインの植民都市にブドウ園とワイン醸造所を広めた。さらに、古代ギリシャ、ローマとの交易を通じてワインを普及させた。

カナダのトロント大学の考古学者スティーブン・バティウク氏によれば、古代ギリシャ、ローマでは、野生のブドウのワインはすでに知られていたが、文化としてはあまり発展していなかったという。なお、バティウク氏は今回の研究には参加していない。

「おそらくフェニキア人がワインを飲む文化や新しい形の杯、それまでとは異なるワインとの関わり方を広めたのだと思います」と、同氏は話す。

テル・エル・ブラクのワイン圧搾機。フェニキア人は古代の地中海世界にワイン文化を広めたが、ワイン醸造の証拠はほとんど見つかっていなかった(PHOTOGRAPH COURTESY OF THE TELL EL-BURAK ARCHAEOLOGICAL PROJECT)

フェニキア人のワイン好きは宗教にも影響をおよぼし、近東の他の宗教においても儀式の際にワインが使われるようになった。

古代のワイン醸造に関する専門家である米ペンシルベニア大学の考古学者パトリック・マクガバン氏は、フェニキア人はカナン人の子孫にあたると説明する。カナン人は青銅器時代の人々で、イスラエル人の祖先でもある。同氏は今回の研究には参加していない。

「フェニキア人は神に飲み物をささげる際、主にワインをささげていました」とマクガバン氏は話す。「ただし、この慣習はカナン人の時代にはすでに存在し、ユダヤ教とキリスト教に受け継がれました」

イスラエルのアシュケロン沖で発見されたフェニキアの沈没船2隻には、何百ものアンフォラが積まれていた。マクガバン氏は、時代がほぼ一致することから、その一部はテル・エル・ブラクから来たものではないかと考えている。

「いくつかのアンフォラを分析した結果、ワインが入っていたことがわかりました」とマクガバン氏は話す。「もしかしたらテル・エル・ブラクから来た船かもしれません」

テル・エル・ブラク・プロジェクトはAUBのチームとドイツの考古学者による共同プロジェクトで、2001年から発掘調査を続けている。ただし、コーディネーターのセイダー氏によれば、レバノンが経済危機に陥っているため、2年前から作業が中断しているという。

(文 TOM METCALFE、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年9月17日付の記事を再構成]