新月はまろやか 塩の味、月の満ち欠けで変わる不思議
魅惑のソルトワールド(47)
「満月の塩」「新月の塩」「中秋の名月の塩」など近年、月の満ち欠けのタイミングに合わせて海水を取水し、製品化した塩が流通するようになってきた。引力によって潮の満ち引きが生じ、中でも月の引力が果たす役割が大きい。潮の動きは海中のプランクトンや魚など生みの生き物たちにも影響を与え、当然、海水の結晶である塩の味わいにも変化をもたらすからである。
月が上昇して地球を照らすと、月の引力で海は満ち潮となる。一方、地球の裏側は月の引力は弱いものの、地球の自転の遠心力などによって、こちらも満ち潮となる。その中間が引き潮だ。月の動きは地球の自転より余計に時間がかかるため、満潮と干潮の時間が日々変化していく。加えて、太陽との動きが重なることで、潮の満ち引きの大きさが変わり、満月や新月のときに「大潮」、半月(上弦の月、下弦の月)のときに「小潮」が生じるのだ。
潮が動けば海中のプランクトンの動きも活発になり、それを餌にする魚たちも活動的になる。釣りの絶好のタイミングが「大潮」と言われるワケもそこにある。
月の満ち欠けによって海水の状況も大きく異なるため、どのタイミングで取水するかは、塩の味わいを左右する。満月と新月はともに大潮になるため同様かと思われがちだが、満月の時は上から引っ張る力が最も強くなるため、中層から表層の海水が大きく混ざる。逆に新月の時は裏側から引っ張られる力が最も強くなるため、中層から表層の海水は非常に穏やかで静か。そのため、満月と新月とではミネラルのバランスやプランクトンの状況などが異なる。
沖縄県宮古島市で生産されている「満月の塩」「新月の塩」に関する官能分析データがある。違うのは取水のタイミングだけで、生産者も、生産方法も、取水場所や時間帯はすべて同一条件での比較である。
▼満月の塩
しょっぱさ、酸味、うまみ、甘味、苦味、雑味など、塩に含まれるすべての味覚が全般に強目で、味の余韻が長く、こってりした印象。少し刺激的でもある。
▼新月の塩
全体的には味がまろやかで、繊細な印象。潮の香りが強目で、余韻は短く透明感があり、後味がクリア。
「満月の塩」と「新月の塩」以外にも、長崎県の五島列島では半月のタイミングで取水した「中秋の名月の塩」も生産されている。こちらは同じ生産者の通常時の塩と比較すると、若干複雑味が強くなり味がふくよかになるが、潮の香りが強くなるということはなかった。
月の満ち欠けで、これだけ塩の味も違うのだから、相性の良い食材や用途も当然に異なる。それぞれのおすすめはこうだ。
▼満月の塩
赤身の肉や魚などの味の濃い食材に合いやすい。雑味も強いため、野菜ならベビーリーフなどの若いものか、クレソンなどの鉄分が多いものがおすすめ。雑穀類との相性も良いので、コメなら雑穀米と合わせる。
▼新月の塩
潮の香りが強くなる傾向があるので、魚介類や海藻類と相性が良い。しょっぱさが軟らかいので、赤身よりは白身向き。繊細な味なので、調味よりはフィニッシングソルトとして使用するのがおすすめだ。
一口に塩といっても海水塩や岩塩、湖塩などいくつもの種類がある。いずれも元をたどれば海水からできているわけだが、原料となる海水の状態も塩の味わいに影響を与える重要な要素の一つになっている。
暖流と寒流とでも違う。高緯度から低緯度に向かって流れ、周辺の海域より水温の低い水を運ぶ寒流は、低温で蒸発が少ないため塩分濃度が薄く、栄養分が豊富なためプランクトンが多い。一方、暖流は塩分が多く、栄養分が少ないためプランクトンが少なく、透明度が高い。
取水ポイントが河口か沖合かだったり、海の表層、中層、深層かだったりでも違ってくる。一般的には深度200メートル以深に位置する深層水は陸水の影響を受けにくく、清浄とされており、プランクトンが少なく栄養塩が多く、塩にした時も、製法にもよるが、表層水とは異なる仕上がりになることが多い。
取水ポイントによって様々な違いがあるため、どこで海水を取水するかや、どの深さで取水するかも塩の味に影響を与えるファクターになるわけだ。
全国各地で満月の塩、新月の塩の生産が盛んになってきている。ぜひお好みの塩を見つけて、それぞれの味わいを楽しんでみてほしい。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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