不要な検査、薬の副作用防ぐ 精密医療はコストも抑制東京大学 大学院新領域創成科学研究科 松田浩一(4)

2020/11/6

「研究室」に行ってみた。

ナショナルジオグラフィック日本版

遺伝子の情報を基にした「精密医療」の研究に取り組む東京大学大学院教授の松田浩一さん。「オーダーメイド医療」「個別化医療」など、さまざまな呼び方があるが、一人ひとりに合った医療を提供するという本質は同じだ
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。
今回は一人ひとりのDNA情報をもとに予防を含め適切な治療法を選ぶ「精密医療」について、東京大学大学院新領域創成科学研究科の松田浩一教授に聞くシリーズを転載します。多くの人々の救済につながる研究ですが、松田さんの胸には希少疾患に苦しむ患者への思いがずっとともっています。

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松田さんがバイオバンク・ジャパンの試料を使って行ってきた「遺伝とがん」についての研究を見てきた。

食道がん、肝臓がん、胃がんと十二指腸潰瘍などで得られた新たな知見は、専門的にもブレイクスルーであり、一般的な興味からも「おおっ」と思わされる部分が多かったのではないだろうか。血液型がA型とO型では十二指腸潰瘍になりやすさが違うかもしれないなど、「血液型と性格」の関係のように統計的には差が検出でないものとは別次元のサイエンスだ。

2009年、松田さんたちがヒトが持っているSNPのうちの数十万カ所を調べることで始まったこの分野は今や花開いて、世界各地で日々探求されている。ぼくはこれを、地質学者や生物学者が世界中を旅して新たな発見を成し遂げた博物学の時代をゲノムの世界の研究者たちも今経験しているのだと感じている。

今、本当に多くのリソースがこの分野に注ぎ込まれているので、遠からずより理論が深まり(例えば、がん化のメカニズムがよりよく理解できるようになったり)、応用の仕方が見出されたり(よりよい予防、発見、治療ができるようになったり)していくことだろう。

すでに松田さんの説明でも、予防(リスク予想とそれに基づいた生活指導など)については言及されたので、ここではその先を見ていこう。まずは「検査」の話題に触れてから、多くの人が関心を持つだろう「治療」の話へと進む。

「検査について、最近(2018年)、バイオバンク・ジャパンの試料を使って面白い研究が出てきました」と松田さん。

「皆さんが、健康診断や人間ドックで血液検査を受けると、正常範囲っていくつからいくつまでで、あなたはこの項目が高いとか、そういうデータが出てきますよね。今、設定されている正常範囲ってそれ自体、数倍の幅があるものが多くて、つまり個人個人のばらつきもすごく大きいんですよね。そのばらつきの理由として遺伝子の影響が強い項目があれば、その遺伝子情報をもとに、個別の正常範囲を設定できるのではないかと思うんです。そこで、今よく行われている代表的な血液検査の項目について、その値に影響を与える遺伝子を調べたところ、1400くらい見つかりました。例えば肝臓や胆のうなどの病気の指標にされるアルカリホスファターゼ(ALP)は、正常範囲の個人差がとても大きくて、今言われている正常範囲は、例えば100~325単位ですとか幅広く設定されているんです。でも、これは例えば血液型の違いですごく値が変わるのが分かって、O型だと他の血液型より平均すると30ぐらい高いんです。他の血液型だと、肝障害を疑われて腹部エコーを受けましょうという検査値でも、O型にとっては正常値ということがありえるんです」

肝臓や胆のうなどの病気の指標とされるALP値と関連する遺伝子を調べたところ、血液型を決定するABO遺伝子が最も強い関連を示し、A型、AB型に比べ、特にO型では30以上値が高くなることが分った。つまりO型では、特に病気がなくても異常値となる可能性が高くなると想定される。”P”は結果が統計上、有意かどうか判断する指標のひとつで、小さいほど有意と判断される(画像提供:松田浩一)

腹部エコーなら身体的には楽だが、時間はとられるし経済的な負担もそれなりにある。ましてや、組織を採取する生検や放射線を使う検査など、体の負担が大きかったり検査自体がリスクになりうるものは、本当に必要な場合以外は避けたい。だから、遺伝子情報によって検査値の正常範囲を個別に調整できるなら、精密医療時代のまさに「精密検査」として歓迎されるだろう。これは、個人としてもありがたいことだし、医療費の抑制という意味で社会的貢献も大きいはずだ。