侍医からコンサル→在宅医療へ 挑戦支える開成の絆武藤真祐・医療法人社団鉄祐会理事長(下)

武藤真祐・医療法人社団鉄祐会理事長
武藤真祐・医療法人社団鉄祐会理事長

医療界で革新的なサービスを次々展開する医師兼起業家の武藤真祐氏(49、医療法人社団鉄祐会理事長)。東京大学医学部出身のエリート医の道を捨て、在宅医療やオンライン診療、投資ファンドを活用した医療事業などに挑む。挑戦を陰に陽に支えるのは、出身校の開成中学・高校(東京・荒川)のつながりだという。開成パワーで新しい医療の世界を開く。

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東大医学部の恩師、永井良三・自治医科大学学長は開成の大先輩にあたる。

私は東大医学部卒業後に三井記念病院で循環器内科医となり、東大の大学院に戻り、付属研究所を経て、先の両陛下の侍医になりました。永井先生は皇室全体の医務を統括する「皇室医務主管」も務め、日本の医師の代表的な存在です。この間ずっと面倒を見ていただき、付属研究所の研究員や侍医になったのも永井先生の推薦でした。

開成から東大医学部に進み、いわゆる「白い巨塔」の階段を一段一段上ることに何の疑問も感じていませんでした。循環器内科医としてカテーテル治療に取り組み、充実した日々を過ごしていました。しかし、結果的に永井先生の期待にそむく行動をとってしまいました。

侍医の任期を終えた後、2006年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに経営コンサルタントとして入った。

当然、永井先生は「何を考えているんだ」と反対しました。実は東大の付属研究所で基礎研究に取り組んでいるとき、医者としての人生を変える出来事があったのです。

その研究所で医学部出身は私だけでした。この2年間は「地獄の日々」でした。指導担当の先生から午前中いっぱい毎日叱られ、私の人格否定にまで及びました。「医学部がおカネを湯水のように使うので、基礎研究に研究費が回ってこない。医学部もダメだが、そこに人材を輩出している開成もダメだ」というような発言を繰り返すのです。うつ状態に追い込まれました。ただその先生は基礎研究分野では非常に高い実績を上げている方です。なんとかやりきるしかなかった。

この間に医者として次の生き方を改めて考えました。高3の夏に開成の担任から「どんな医者になるか次の目標を考えないと」と忠告された言葉がよみがえったのです。その頃、大学の医学部は厳しい環境下にありました。少子高齢化が急速に進むなか、医療を支える国の財政が逼迫。大学病院では重大な医療ミスが相次ぎ、自信を喪失する医師も少なくありませんでした。「医者は生涯安泰、尊敬される仕事だ」という職業観も揺らいでいました。