松尾スズキ 「期待しない強さ」身に付けコロナに挑む
新型コロナウイルスは、その感染拡大を防ぐために数多くの舞台公演が中止になるなど、演劇界にも深刻な影響をもたらしました。作家・演出家・俳優の松尾スズキさんは、東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーンの3代目芸術監督に就任した直後にコロナ禍に見舞われる格好に。長い自粛期間を経て感染予防対策を行いながら各劇場が再開に向けて動き出す中、2020年10月から上演されている自身の新作ミュージカルへの思いを聞きました。
作家、演出家、俳優。1962年12月15日生まれ、福岡県出身。88年に大人計画を旗揚げ。主宰として作・演出・出演を務めながら、脚本家の宮藤官九郎ら多くの人材を育てている。97年『ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~』で岸田國士戯曲賞受賞。小説『クワイエットルームにようこそ』『老人賭博』『もう「はい」としか言えない』は芥川賞候補に。主演したテレビドラマ『ちかえもん』は文化庁芸術祭賞などを受賞した。2019年に上演した「命、ギガ長ス」で読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。20年、Bunkamuraシアターコクーンの芸術監督に就任。
演劇に関わる多くの人を励ましたい
―― コロナ禍によって、あらゆる劇場でステージの幕が上がらない状況が何カ月も続きましたが、ようやく公演再開に向けて演劇界が動き出しています。松尾さんも新作の稽古が始まるとのこと。率直に今、どんなお気持ちでしょうか。
松尾スズキさん(以下、敬称略) 自粛期間中は感染者数に一喜一憂していたし、絶対にお客さんから感染者は出したくないので、今後も気を付けなくてはいけないところですけど、実際何をどこまで気を付ければいいものなのか。そういう先が見えない不安というのは、このまま自分に取りついた霊のようなものとして生きていかなきゃいけないだろうと思っています。諦めというか、「期待しない」という強さを身に付けないと、生きていけないなと。
―― 松尾さんが2020年7月にシアターコクーンのホームページで発表された「コロナの荒野を前にして」という文章で、「おのれの戒めとして、しょせん、なくてもさほど他人が困らない仕事をしている、という忸怩たる思いは常に胸の中にある。(中略)とはいえ、人間は、なくてもいいものを作らずに、そして、作ったものを享受せずにいられない生き物だとも私は思っている。」という言葉が印象に残りました。コロナ禍を経験して、こうしたご自身の仕事に対する意識に変化はありましたか?
松尾 本当に改めて、なくても社会は回っていく仕事だなと思い直したといいますか……。そこで襟を正すじゃないですけど、こういう大変な状況の中で居場所を見つけさせてもらう、みたいなことはすごく考えました。
松尾 たくさんの舞台公演が中止になって演劇に関わる多くの人が仕事を失う中、僕なんてまだいいほうで、芝居をやるとなったらこんなに人が集まってくれるし、やりたいことはこれまでにもだいぶやれてきました。でも例えば来年、演劇の道へ進もうとする人がいるんだろうか、今年始めようとしていた人はどんな気持ちでいるんだろうかということを考えると、すごくやりきれない気分になってしまって。自分は彼らを励まさないといけない立場なんじゃないか、と。
だからこういう取材の場にはスーツで来たりするんです。演劇に希望が持てるように、「演劇やっててもちゃんとできますよ」っていうことを示しておかないと(笑)。
常に2~3年先の公演を考える生活、初めて「止まれた」
―― 公演の一切がストップしてしまうという前代未聞の困難の中で、演劇界において、もしくは松尾さんご自身にとって結果的にポジティブな変化と思えるようなことはありましたか。
松尾 演劇って2年、3年先の会場を決めて、そこに向かって練り上げていくものなんですけど、そんな先のモチベーションなんて誰も分からないですよね。体調だって保証できない。でも、一つの作品を作っている段階で次の作品の打ち合わせが始まって、みたいなことを30年延々とやってきて、コロナ禍で初めて「止まれたな」というのはあります。
もちろん今も来年の公演の打ち合わせもいっぱいやっていますけど、とりあえず目先の舞台がとんでしまったので、10月に上演する『フリムンシスターズ』に半年近く向き合うことができました。一つの台本にこれだけ長く時間をかけられたのは初めてのことです。
「一つの作品の台本にこれだけ長く向き合えたのは30年やってきて初めてのこと。コロナのおかげとは言いたくないですが、神様が時間をくれたなと思いました」
松尾 『フリムンシスターズ』はもともと音楽劇のつもりだったのですが、歌詞や構成を考える時間がたっぷりあったので、ミュージカルとしての新作になりました。ミュージカルの場合、劇中歌が20曲は必要で、台本を書きつつそれだけの歌詞を書くのはものすごく大変なんです。今回、善かれあしかれ時間ができてしまったので、災い転じて福となせということで、戦う気持ちでミュージカルに書き換えていきました。
コロナのことを入れて書くか、入れないで書くかは今、演劇やドラマを書いている人にはすごく悩ましいところではあると思いますね。全員マスクして舞台に立つわけにもいかないし、そこは「ない世界」と考えて今回はやっています。
新作に込めた「不自由に黙っているわけにはいかない」
―― 『フリムンシスターズ』は松尾さんにとって20年ぶりの新作ミュージカルということですが、どんな作品でしょうか。
松尾 僕は「不自由」という感覚が、日ごろから一つの怒りとして自分の中にあるものだと思っているんですね。今作に登場する、故郷の沖縄を出て西新宿で無気力に暮らすちひろ(演:長澤まさみ)、かつての大女優みつ子(秋山菜津子)、みつ子の親友でゲイのヒデヨシ(阿部サダヲ)も三者三様の不自由を抱えている。でもそういう3人が出会うことで、欠落していたピースがバチッとはまって、何とかうまく一歩前進できるような化学反応が起きる。そういうことがテーマとしてあるかなと思います。
―― フリムンは沖縄の言葉で「狂った人間」という意味だそうですね。
松尾 昨今のニュースを見ていると、世の中に新しい狂気みたいなものが生まれつつあるんじゃないかという怖さを感じます。でもある種の狂気に取りつかれない限り、不自由さや呪縛からは逃れられないのか?とも思う。僕は芝居の中であまり答えを出すタイプではないので、そこから先は皆さん考えてくださいという感じです。
今回は僕の作品にしては珍しく、ハッピーエンドに近い終わり方をしています。今、時代の気分がモヤモヤして、フラストレーションがたまりきっている中、せめてこの舞台では見終わった後にスッキリした気持ちで劇場を出てほしいなと。自分自身にも、劇場にいるひとときだけでも解放されたい、不自由に対して黙っているわけにはいかない、みたいなところはあります。
ミュージカル『フリムンシスターズ』
作・演出:松尾スズキ
音楽:渡邊崇
出演:長澤まさみ、秋山菜津子、阿部サダヲ、他
2020年10月24日(土)~11月23日(月・祝)
Bunkamuraシアターコクーン(東京)
※他に大阪公演あり
(取材・文 谷口絵美=日経ARIA編集部、写真 窪徳健作、ヘア&メイク遠山美和子=THYMON Inc.、スタイリング 安野ともこ=CORAZON)
[日経ARIA 2020年9月23日付の掲載記事を基に再構成]
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