SpotifyにVoicy 音声コンテンツ、異業種参入で活気
コロナ禍によるテレワークなどを発端に「ながら聴き」ができるオーディオコンテンツが再注目されている。人々の「耳」を巡る争奪戦にはラジオ局以外の異業種の参入も相次ぐ。Podcast(ポッドキャスト)に注力しているSpotify(スポティファイ)、AudioMovie(オーディオムービー)、Voicy(ボイシー)の最新コンテンツと戦略をまとめた。
新規ユーザーの獲得と利用時間の拡大に期待
「毎日の弁当の献立? 俺が教えてほしいぐらいだぜ!」――。人気男性声優18人によるラップソングプロジェクト「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」のキャラクターがラジオパーソナリティーとなってリスナーから届いた相談事に次々と答えていく。
Spotifyは2019年から日本でオリジナルのPodcastを配信しており、初回から人気が爆発した代表的なコンテンツが、この「ヒプノシスRADIO -Spotify Edition-」だ。架空のキャラクターと現実が融合された世界観に「超リアル!」「推しが身近に生きてる!」などとファンが殺到し大きな話題になった。
同タイトルのラジオ番組の放送直後に未公開部分を加えて配信され、もう一度聴きたい人やオリジナル部分を楽しみたい人がPodcastを聴いてSNSに感想を投稿。それが拡散し、さらに人が集まるという好循環が起きた。
TOKYO FMと共同で企画したこのコンテンツは、Spotifyの国内Podcastチャート上位にランクイン。Spotifyの中で、「特定のPodcast番組を聴くために新規登録したユーザー数」が世界一という快挙となった。
19年2月、SpotifyのCEO(最高経営責任者)、ダニエル・エク氏は「世界のどの企業よりもオーディオや音声コンテンツに注力する」と宣言し、「ギムレットメディア」などPodcastの制作・配信を行う大手プロダクションを次々に買収。世界で最も人気があるといわれるPodcast番組とも独占契約するなど、制作から配信、人気コンテンツまでを手中に収めた。日本のSpotifyでも「まずは様々なジャンルのコンテンツを配信し、聴取データを分析しながらどんなものが受け入れられるかを検証するところから始めた」(スポティファイジャパンコンテンツ部門統括の芦澤紀子氏)。
Podcastに注力する狙いは新規ユーザーの獲得。さらに期待できるのが利用時間の拡大だ。Podcastのリスナーは音楽も長時間聴く傾向があるという。「Spotifyは同じアプリで音楽もPodcastも聴けるため、サービス内を回遊して長時間楽しめる」(芦澤氏)。国内ユーザーの平均利用時間は1日2時間強。ニュースやエンタメなど、毎日聴く習慣がつくようなコンテンツを増やし、利用時間の拡大を目指す。
例えばオリジナルコンテンツとして成長しているのが、音楽評論家の田中宗一郎氏らがポップカルチャーについて語る「POP LIFE:ThePodcast」だ。「1時間以上も語る番組で、ラジオ放送では決して成立しないような番組だが、多くのリスナーに支持されている」(芦澤氏)。特に一度聴いた人が次も聴くリテンション率(定着率)が高いうえ、番組の最後まで聴く「完全聴取率」も驚異的な数字だという。
ラジオ局との連携も着々と進めている。例えばニッポン放送の人気番組「オールナイトニッポン」のPodcastは既に同社のチャート上位の常連。19年6月からはラジオNIKKEIの約30番組も配信するようになった。
現在提供しているPodcastは、無料会員も「広告なし」で聴ける。他の企業ではPodcastにCMを挟み込むこともあるが、「日本においてはまだマネタイズを検討する段階ではなく、コンテンツを拡充させる時期だと考えている」(芦澤氏)という。
Netflixのようにオリジナルコンテンツの拡充を進めるSpotify。年内にもPodcastの新コンテンツを発表する見込みだ。
Spotifyはオリジナル拡充で「音のNetflix」へ
独自コンテンツでラジオから脱却
オリジナルコンテンツが続々と投入されている米国のPodcast市場で、一つのジャンルとして絶大な人気を誇るのが、犯罪ドキュメンタリーやサスペンスを扱ったオーディオドラマ。日本国内でもそうしたジャンルに契機を見いだし、「音声映画」を配信するという新たな試みも始まっている。
高視聴率をたたき出す人気テレビドラマシリーズ「半沢直樹」(TBSテレビ)。13年に放送された前シリーズでも数々の難敵が現れては倍返しされて表舞台から消え去ったが、彼らのその後の人生を描いたオーディオドラマが「半沢直樹-敗れし者の物語」だ。金融庁検査局の黒崎駿一、元西大阪スチールの東田満など、ドラマのキャラクターを片岡愛之助や宇梶剛士など役者本人が声で出演。おなじみのテーマ曲、丁々発止のセリフ回しなどあたかも目の前で半沢直樹のドラマが繰り広げられているようだ。同作品は20年2月にラジオ放送とストリーミング配信を行い、累計80万回再生を記録した。
半沢直樹のオーディオドラマを作ったのが、TBSラジオが立ち上げた「AudioMovie」というブランドだ。第1弾の作品は「半沢直樹」より前の19年11月に公開した「THE GUILTY/ギルティ」。同タイトルのサスペンス映画を基にした作品だ。人気コンテンツの半沢直樹には及ばないが、大きな宣伝をしていないにもかかわらず延べ10万回再生を達成。ApplePodcastのテレビ・映画カテゴリで1位に入るほど話題になった。
AudioMovieは音だけでドラマが展開するが「一般的なラジオドラマとは大きく異なる」とTBSラジオのUXデザイン局新規事業開発センターの加藤哲康氏は言い切る。例えば物語の状況を説明するナレーションは、リスナーに「言葉を理解する」というプロセスが必要になるため極力排除。状況を表現する効果音などでダイレクトに想像させることで、物語の主人公になったような没入感を味わえるという。
AudioMovieの開発に当たって協力したのが、TBSラジオが同時期に設立した「ScreenlessMediaLab.(スクリーンレス・メディア・ラボ)」だ。声や音が人に影響を及ぼすメカニズムなどを科学的に分析する研究機関で、「いかにコンテンツに没入させて飽きさせないか、脚本や演出などを一緒に検討して作品に反映した」(加藤氏)。
なぜTBSラジオがPodcastオーディオドラマの配信に乗り出すのか。背景にあるのは漸減傾向が続くラジオ広告市場だ。ラジオの主コンテンツである「パーソナリティーのトークと音楽」では権利ビジネスとして広がらない。「放送とは異なる市場開拓が急務となり、米国でブレイクしているPodcast市場のオーディオドラマに注目した」(加藤氏)。
収益化の方法は検討段階だが、IP(知的財産)ビジネスとしての展開も考えている。
映画や動画配信の作品は制作費などの投資リスクが莫大になるため、米国では人気が出たPodcastを映像化する例が増えている。例えばジュリア・ロバーツが主演するAmazonプライム・ビデオのドラマシリーズ「ホームカミング」はPodcast作品が原作だ。「TBSグループとしてはまずPodcastでマーケティングをして、最終的にテレビ放送や映画で展開するというところまで行ければいいなと考えている」(TBSラジオUXデザイン局新規事業開発センターの百枝一実氏)。10月20日にはノンフィクション作品を原案とした「つけびの村」を配信するなどオリジナル作品の制作にもいよいよ乗り出す。
新境地を目指しTBSラジオが挑む「音声映画」
300以上の音声番組を独自配信
Podcastでの新規ユーザー獲得やIPビジネス展開を狙う企業がある中で、音声メディアの独自路線を突き進むのが16年9月にサービスを開始した「voicy(ボイシー)」だ。
インフルエンサーや芸能人などによる音声コンテンツを300チャンネル以上用意。同社のランキングには、お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣氏や脳科学者の茂木健一郎氏などインフルエンサーを中心としたそうそうたるメンバーが並んでいる。しかもそのどれもが毎日、または数日置きといった高頻度なペースでコンテンツを更新。ユーザーは20~30代の社会人が多く「特にビジネス系のチャンネルが人気」(voicyの堤強一氏)だという。音声メディアのプラットフォームを目指しているためPodcastのような多方面への配信は行っておらず、各チャンネルはvoicyのサイトやアプリでしか聴けないというのが他のサービスと決定的に違うところだ。
7月時点の月間ユーザー数は昨年の4倍程度と急増。「AirPodsなど完全ワイヤレスイヤホンの浸透で、音声メディアを利用しやすい環境が整ってきたほか、テレワークなど自宅で聴く人も増えてきた」(堤氏)という。
チャンネルを持つパーソナリティーは常に募集をしており1週間に200~300人程度の応募があるが、実際に通過できるのは何と1%以下。「多くの人に聴いてもらえそうか、ジャンルがかぶるパーソナリティーはいないか、など総合的に審査している」(堤氏)という。
人気のチャンネルには企業のスポンサーが付くこともある。また、voicy内にチャンネルを公開して認知を広げたい企業の運営サポートを行うほか、「社内の人だけに限定配信する"声の社内報"を運営するサービスも請け負っている」(堤氏)。voicyは利用料が基本的に無料だが、こうした部分での収益化を図っていく。
9月には月額100~3万円で限定コンテンツも聴くことができる「プレミアムリスナー」をスタート。一部のパーソナリティーが通常の無料配信に加え、プレミアムリスナー限定の配信を始めたところ1週間で登録者が1000人を突破した。オンラインサロンのような音声メディアはPodcastとは違った進化をしていきそうだ。
独自プラットフォーム配信でPodcastと差別化
(日経トレンディ 佐々木淳之)
[日経トレンディ2020年11月号の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。