貴重な一瞬を切り撮る 私たちが知らない生物たちの姿
2020年で56回を数える野生生物写真コンテスト「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」。「行動」「フォトジャーナリズム」「ポートレート」など17の部門があり、世界中から約4万9000点の応募があった。審査は革新性、物語性、技術を基準に行われる。今回は、このコンテストの各賞を受賞した作品を中心に紹介していこう。
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ロンドン自然史博物館が選ぶ「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」の大賞に輝いたのは、アムールトラの写真だ。
純粋に美しい瞬間だ。1頭のアムールトラが老木に抱き付き、こずえから差し込む太陽の光を浴びている。目を閉じ、樹皮にほおをこすり付け、至福の笑みを浮かべているように見える。アムールトラは絶滅の危機にひんしているが、この個体は平和に暮らしている。
貴重な一瞬を捉えたのはロシアの写真家セルゲイ・ゴルシュコフ氏だ。ゴルフシュコフ氏は「The Embrace(抱擁)」と題した。
審査委員長のロズ・キッドマン・コックス氏はプレスリリースで、「唯一無二の光景です。幻想的な森でのくつろぎの時間をのぞき見たユニークな一枚です」とコメントしている。ロンドン自然史博物館の科学担当エグゼクティブディレクターを務めるトム・リトルウッド氏は、絶滅の危機にさらされている動物の穏やかな時間は「私たちに希望を与えてくれます」と述べる。「写真が持つ人の心を動かす力は、自然界の美しさとそれを守る私たちの責任を思い出させてくれます」
ゴルフシュコフ氏は審査委員に対し、成功の可能性は極めて低いと承知のうえで、野生のアムールトラをカメラトラップ(自動撮影装置)で撮影しようと試みたと説明している。
野生のアムールトラは数百頭しか残されておらず、個体の行動範囲は200~2000平方キロと考えられている。ゴルフシュコフ氏はカメラトラップの設置場所を決定するため、ロシア極東の「ヒョウの森国立公園」でアムールトラの痕跡を探し求めた。森の木々を調べ、縄張り行動として付けられた匂い、体毛、尿、引っかき傷を探した。そして、原生林の在来種であるチョウセンモミの正面にカメラトラップを設置。この一枚を撮影するまでに11カ月かかった。
コンテストのもう1つの大賞「ヤング・ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたのは、フィンランドに暮らす13歳のリーナ・ヘイキネンさん。ヘルシンキ郊外のレフティサーリ島で、ガンをむさぼる若いキツネを撮影した。ガンの白い羽毛が舞い、キツネの興奮が見事に捉えられている。
ナショナル ジオグラフィックに寄稿する写真家カーステン・ルース氏も、ロシアのサーカス団で曲芸を披露するホッキョクグマの写真で、単写真「フォトジャーナリズム」部門の最優秀賞に輝いた。17部門中、女性の受賞者はルース氏とヘイキネンさんだけだった。
「人に利用される動物」撮影秘話
ルース氏が受賞したホッキョクグマの写真は、同氏と筆者が「ナショナル ジオグラフィック」19年6月号の特集「観光と動物とSNS」でワイルドライフツーリズム(野生動物観光)について報じた際、ロシアで行われている野生動物の曲芸を記録するために撮影した。ホッキョクグマとともに移動するサーカス団の情報を聞いて、「大急ぎで取材計画を変更し、(ロシア南西部)カザンへの36時間の移動をスケジュールに押し込みました。現存する唯一の芸を仕込まれたホッキョクグマたちをこの目で見なければならないと思ったためです」とルース氏は振り返る。
18年11月3日、ルース氏と筆者はサーカスオンアイス(氷上サーカス)でホッキョクグマ4頭の曲芸を見た。クマたちは口輪をはめられ、調教師たちは金属の棒を持っていた。クマたちはバスケットボールをキャッチしたり、後ろ脚で立ち、楽器演奏のまねをしたり、社交ダンスを踊ったりした。曲芸の合間には、観客へのサービスとして、氷上を転げ回り、氷を引っかいたり、なめたりしていた。
この撮影では、苦労してカメラトラップを設置し何カ月も待つ必要はなかったが、いくつかの障害があった。
「私が直面した課題は、ほかの野生生物写真家たちとは全く異なるものだと思います。何しろ私は劇場の座席にいたのですから」。ルース氏と筆者は観客としてチケットを購入したため、移動できる範囲は限られていた。「座席から動かず、青い安全ネット越しに、望遠レンズで撮影しなければなりませんでした」
「読者はこの写真に衝撃を受け、驚くと思いました。ホッキョクグマは自然保護の象徴と見なされることが多いためです」。19年の記事に掲載されたルース氏の写真のうち、タイのビーチで観光客と写真撮影するゾウ、ロシアの移動サーカスで曲芸するシロイルカの写真も同じ部門で入賞した。
写真家のポール・ヒルトン氏も野生動物の搾取に関する作品で受賞した。バリ島の鳥市場で鎖につながれたサルの写真など、世界的な野生生物取引をテーマにしたプロジェクトが「ワイルドライフ・フォトジャーナリスト・ストーリー」部門の最優秀賞に選ばれた。
「こうした写真がソーシャルメディアやインターネットで拡散し始めています。人々の心を呼び覚ましているようです」とルース氏は話す。これらの写真が注目を集めれば、人に利用されている野生動物の苦しみを無視することは難しくなるだろう。
次ページでも、世界最高峰と言われる野生生物写真コンテストの受賞作をご覧いただこう。地球で日々、活動しているのは、私たち人間だけではないことをあらためて感じさせてくれる作品ばかりだ。
(文 NATASHA DALY、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年10月16日付の記事を再構成]
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