元の原料は安くなったのに なぜ革靴は値上がりする?
今回は靴やバッグ、財布などで使われる牛革の話です。牛は大きい生き物ですから、革も大きなものが作れるため、世界で最も多く使われています。牛革で作る製品の代表が靴です。その革靴が値上がりしています。
紳士靴が値上がり
高島屋では紳士靴の平均価格が5年前と比べて海外ブランドで15%以上、国内のものでも12~15%値上がりしています。消費者物価指数でみても男子靴は2019年度まで、7年連続で上昇しています。靴メーカーに値上げの動きは広がっていて9月にマドラスが主力商品を7~15%値上げしました。原料の牛革の値上がりが理由です。
なぜ原料安でも製品高
牛革の原料は原皮と呼ばれています。ところが、グラフをみても分かるように牛原皮の価格は下がっています。原料が下がれば、製品の値段は下がるのが普通ですが、牛革が値上がりしているのは流通形態にヒントがあります。原皮は動物からとった皮そのものです。これを加工して、一般的に革やレザーと呼ばれるものにします。つまり靴やバッグといった革製品の原料は2段階あります。原皮に「なめし」という加工を加える工程のコストが近年、人件費や薬剤の高騰などで上昇しています。
なめし工程のほうが、コストとしては原皮の値段より大きく影響します。「スコッチグレイン」のブランド名で知られるヒロカワ製靴の牛革の調達価格は3年前と比べて2割以上上がった。牛革の場合は原皮が下がっていても、原料の革は値上がりするという構造になっています。牛革製品の値段の動向は皮なめしの業者次第ということですね。
皮をなめす業者というのは、「タンナー」と呼ばれています。日本にも栃木レザーなど有名なタンナーはありますが、圧倒的にヨーロッパのタンナーの方が強い。読者の皆さんも、革製品というと欧州の高級ブランドのイメージが強いと思います。高級ブランドで使うのはやはり欧州のタンナーが生産した革。昔からイタリア、フランス、イギリス、ドイツなどがタンナーの質が高いとされています。
三つの値上がり要因
高品質な欧州産牛革は世界中に輸出されていますが、上がり要因が重なっています。一つ目が欧州メーカーの囲い込みです。近年、この欧州産の牛革を現地のブランド、メーカーが囲いこむ動きが強まっています。エルメスは15年にタンナー業界の最高峰とも言われるデュプイ社を買収しました。シャネルも10月14日にイタリアの老舗タンナーを買収しています。タンナーは零細企業や家族経営のところも多い。コロナ禍で技術のあるタンナーが倒産しては困るので、ブランド側が買収するというかたちで囲い込んでいます。欧州から牛革が域外に出にくい状況が生まれて、品薄になっています。
二つ目は動物愛護の動きから、ヘビやワニの皮が使いにくくなったことです。あくまで食用の副産物として出てくる牛や豚の皮と異なり、ヘビやワニは皮をとるために処理されます。これが、動物愛護団体から非難を浴びる理由です。18年12月にシャネルは「ヘビやワニ革を使用することをやめる」と宣言。牛や豚の皮の需要は増える一方です。
コロナ禍でも高級ブランドの売り上げは好調なことが三つ目の要因です。フランスのLVMHモエヘネシールイヴィトンのファッション皮革部門は7~9月期の売上高が前年同期比12%増でした。以前より欧州産の牛革需要は高まっているのに、出回りにくい状況になっています。
高級車の売れ行き好調も
さらに意外な商品の売れ行きも革製品の値上がりに関係しています。高級車です。高級車と言えばすべすべの本革のレザーシートです。高級車販売が好調なことも、品薄をエスカレートさせています。日本自動車輸入組合(JAIA)によると、今年上半期の輸入車の新車販売のうち、1000万円以上の車は前年比5.7%増の1万760台。統計がある1988年以降で過去最高でした。世界最大の自動車市場、中国でも高級車が売れています。高級な牛革を使った製品の需要は今後も堅調が予想されます。品薄による、値上がりという状況は続きそうです。
行き場失う日本産
一方で、日本では国産の牛や豚の皮が行き場を失っています。日本の原皮は牛で5割、豚で9割が海外に輸出されています。それを、アジアの業者がなめし加工して、再び日本が輸入しています。ところが、今年はコロナで中国やアジアのタンナーの稼働がストップしています。輸出もできず、国内に滞留しています。このまま在庫がはけないと最悪、焼却処理になりますが、それもコストがかかります。業者は膨らむ在庫に苦慮しているそうです。
(BSテレ東日経モーニングプラスFTコメンテーター 村野孝直)
BSテレ東の朝の情報番組「日経モーニングプラスFT」(月曜から金曜の午前7時5分から)内の特集「値段の方程式」のコーナーで取り上げたテーマに加筆しました。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。