小5で親に「犬を飼いたい」とプレゼン

ペットテック起業へと突き進む情熱の原点は、幼少期にまでさかのぼる。

種類を問わず、生き物への好奇心が強かった。小学校からの帰り道には、出くわした生き物を手当たり次第に家へ連れ帰ってしまうような子どもだった。

「自分とは全く違う形の生き物なのに、そこにも『いのち』がある。子ども心に、神秘性を感じていたのだと思います。カタツムリ、セミ、ザリガニ……。どれだけ連れ帰ったか分かりません。とにかく飼って、観察したかったんです。新しい生き物が仲間に加わるたびに、容器や餌などを準備してくれた親は大変でしたね」

将来、起業家になることなど、当時は想像もしなかったが、小学5年生のころには、犬を飼うことを反対する両親に向かって、自作の企画書で説得を試みるというずば抜けた行動力も備えていた。

キャトログを使うと、離れた場所からでも飼い猫の様子を確認できる

「本を読みあさって、自分の飼いたかった柴犬(しばけん)のブリーダーを探し当て、飼育に必要な環境やかかる費用などを手紙で取材して企画書にまとめました。自分で一度決めたことを何としてでもやり通そうとするのは、子どものころから変わらない性格です。結局、住んでいたのがペット不可のマンションだったことから、当時は飼わせてもらえなかったのですが」

中学生になるころには、明確に「動物に関わる仕事がしたい」という思いが芽生え始めた。飼い始めた文鳥が体調を崩し、1週間で死んでしまうという悲しい出来事を経験し、それほどにまであっけなく消えてしまうこともある「いのち」の仕組みを、より深く知りたいと思うようになったという。

心が決まると、一直線だ。通っていた私立の中高一貫校では、当初は文系を専攻していたが、「生き物を学ぶなら」と、高校時代に理系へ転向。部活動も理科研究部を選ぶ徹底ぶりだった。

「一時は獣医にも関心を持ったのですが、『治したい』という思いよりは『ひたすら知りたい』という思いがまさった。特に、多様な生き物の宝庫である海に強くひかれるところがあり、東京海洋大学(当時は東京水産大学)へ進学を決めました」

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無人島でサバイバル生活