筆記距離が2倍に アスクルのホワイトボードマーカー
塾や学校での授業の他、企業の会議シーンなどで用いられているホワイトボードマーカー。アスクルのロングセラー商品として安定した販売を続けてきた。そんな中、2016年にスタンダードタイプのインク容量を2倍に増やした新商品を投入した。しかし、ユーザーから想定していたような評価が得られず、販売も苦戦。そこで19年2月に、同社の文具としては早いサイクルでのリニューアルに踏み切った。
リニューアル後の同商品は、スタンダードタイプに比べてインクを増やしている点では16年モデルと同じだが、「筆記距離2倍」をうたっていることが最大の特徴だ。コロナ禍を契機にテレワークや遠隔授業が広がり、現場での需要面では逆風が吹いたものの、20年8月の売り上げは前年同期比170%を超えるなど、リニューアル後は堅調に推移している。
「インク容量2倍」でニーズを捉えたはずが……
そもそも16年に発売した「インク容量2倍」の大容量モデルは、定期的に行っているユーザーニーズや不満の調査から生まれた。
アスクルでは、商品がどの業種で使われているのかといったデータを継続的にチェックしている。その際、ホワイトボードマーカーは、塾などの教育現場での使用が全体の約25%に上り、圧倒的に多いことが分かった。そこで実際に教育現場に出向き、困りごとを中心とした聞き取り調査を実施。結果、浮かび上がったのが、「もっと長く書けるものが欲しい」「すぐにインクが切れてしまう」といった、「インクの持ち」に関する不満の多さだ。ここから着想を得たのが、1本で長く書けることを目指し、インク容量を2倍に増やした新商品だ。
ニーズをつかんだかに見えた大容量モデルだが、販売は順調とはいえなかった。「インクが薄い」「かすれる」といった不満の声が散見され、商品の返品も比較的高い水準にあった。そこでリニューアルを模索することになる。だが、通常なら毎日のように使用する商品のリニューアルは慎重に行うのが定石だ。
というのも、「毎日使っているものこそ、お客様は使用感に敏感。少しの変化によって、さらにファンになってもらえる場合もあれば、離反につながる可能性もある」と開発を担当したアスクルマーチャンダイジング本部の及川雅也氏は指摘する。そのため、リニューアルといえども、デザインを微調整したり、使用感に影響が出ない範囲での小さな改良にとどめたりするケースが多い。しかし、それではユーザーが抱えている不満の解消にはつながらないと判断し、早期のリニューアルを決断した。
ウェブアンケートの声から見つけた突破口
リニューアルに当たり、「ホワイトボードマーカーでのお困りごと」について改めてユーザーにウェブアンケートを実施し、課題を洗い出した。特徴的だったのが、ユーザー全体と最も利用者が多い教育現場とでは、不満点として上位に来る項目が異なっていた点だ。どちらも不満点の1位は「消去性の高いもの」だったが、教育現場のみ「筆記距離が長いものが欲しい」という声が20%と突出していた。「メインのユーザー層である教育現場の声を突き詰めれば、他業種にも響くものがつくれるのではないか」(及川氏)と考え、リニューアルの最重要項目は「筆記距離」に決まった。
旧モデルはインク容量を2倍にアップしたものの、筆記距離に関しては具体的に公開していなかった。新モデルでは長く使えるとユーザーが実感できる品質へと改良することが必要だった。「筆記距離を伸ばすだけであれば、ペン先を細くしてインクを出す量を抑えればいい。しかし、持ち手やペン先の太さを変更すると、使用感が変わって使いづらいと感じるユーザーが増える可能性がある」(マーチャンダイジング本部の山科治氏)。そのため、なるべく使用感は変えずに、機能性を高めることに注力。ペン先の太さや材質などの改良を重ね、計測試験も繰り返し、「筆記距離2倍」をうたえる品質に高めた。
ユーザーの使用環境に着目、「くっきりさ」もアップ
同時に、ユーザーの使用環境に関するアンケート結果も開発に活用した。ホワイトボードと視聴者の距離を問う調査において、ホワイトボードマーカーの使用頻度が高い教育現場(塾の教室など)では、他業種と比べてホワイトボードと視聴者の距離が遠いことが分かった。
ユーザー全体では3メートル以上離れるケースは25%程度だが、教育現場では35%以上と、遠い距離でボードを見る人の割合が高い。塾などでは、後ろのほうに着席している生徒にも見えるように、くっきりとした鮮明な文字が書けることが重要になる。そこでインクの成分などを工夫し、遠くから見たときにもはっきりと文字が見えるように改善した。
デザインも刷新した。シンプルなデザインだった旧商品から、ひときわポップなものへと変更。この狙いは、教育現場はもちろん、他の業種で使われる際のホワイトボードマーカーの使用空間を想定したものだ。リニューアルの時期は、コミュニケーション向上のために共有スペースを充実させるなど、オフィス環境を改善する企業が増える傾向にあった。「イノベーションが生まれる場で使ってもらいたいと考え、クリエイティビティーをイメージした」(及川氏)。また、「×2」の文字を入れることで、1本で長く使える商品の特性も伝えている。
日常的に使うものとして、お得さを伝える工夫もカタログで表現。スタンダードタイプの「オリジナルホワイトボードマーカー」(税別31.8円)と、筆記距離2倍の「ホワイトボードマーカーインク容量2倍」(税別55.9円、20年2月のカタログ発刊時の期間限定価格)を横並びで掲載している。2倍の筆記距離がありながら、スタンダードタイプを2本購入するのに比べて安いという、買い得感が一目瞭然な点も、購入の促進につながった。
「在宅ワークが増えたり、塾でのオンライン授業が増えたりといった生活様式の変化が起きている。ホワイトボードの使用習慣も変わる可能性がある」と及川氏は語る。今後さらにユーザーニーズに応じた改良を加えることを検討中だ。
(ライター 宇治有美子)
[日経クロストレンド 2020年10月15日の記事を再構成]
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