2020/11/6

物流は難題

州や郡の保健当局は、これらの推奨事項の一方で、確保できたワクチンをどのように配布するかという現実に直面する。アザー米厚生長官が10月上旬に発表したところによると、米政府は23の施設における6種類のワクチン候補の製造を支援しており、年末までに1億回分のワクチンを準備し、すべての米国人に接種できる量を来春までに確保するという。

だがこれほど大量のワクチンを慎重な計画もなしに配布すれば、物流の問題によってワクチンの入手に格差が生じるおそれがある。米バイオ医薬企業のモデルナと米製薬大手のファイザーが開発しているワクチンは、どちらも約1カ月間隔で2回接種する必要があるうえ、室温では化学的に不安定だ。そのため、冷凍した状態で輸送・保管しなければならない。さらにファイザー社のワクチンは、一般的な冷凍庫よりも低温のマイナス70℃で保存しなければならない。

だからこそWHOと全米医学アカデミーはそれぞれの報告書で、ワクチンの公平な配布には、ワクチンの保管と輸送が重要な要素だとしている。長年にわたって病院の閉鎖が相次ぐ米国の農村部では、すでにほかのワクチンの不足が深刻な問題になっている。また、世界では単に冷蔵庫が足りないせいで、病気を撲滅する努力が数十年にわたって停滞している。

ワクチンの輸送を支援するため、米物流大手UPSは米ケンタッキー州とオランダに巨大冷凍施設を建設し、600台の超低温冷凍庫で4万8000本のワクチンを保管できるように準備している。米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソンが開発中のワクチンは1回の投与ですみ、低温保管する必要もないが、開発競争で数カ月の後れを取っている。

保健当局は、大人用と子ども用の注射器などの医療器具をどのくらい備蓄するべきかを予測しようとしている。また、特に2回接種する必要があるワクチンのために、注射ができる人を追加で訓練する必要があるかどうかも検討している。米保健福祉省(HHS)は、米国だけで6億5000万~8億5000万本の注射器と注射針が必要になる可能性があり、その製造に2年かかる可能性があるとしている。

「私たちはワクチン開発の科学だけではなく、ワクチンを必要とする人々にどうやって届けるかを考える必要があるのです」と米ジョンズ・ホプキンス大学健康安全保障センターの疫学者ジェニファー・ヌッツォ氏は強調する。

出荷の規模や頻度もまだわからない。少しずつコンスタントに届けられ、季節性インフルエンザワクチンのように個々の診療所や薬局(米国ではインフルエンザのワクチン接種は薬局でも受けられる)で接種できるようになるのだろうか? それともまとめて到着し、スタジアムのような広い場所に人を集めて接種する必要があるのだろうか?

米国では10人中9人がまだ新型コロナウイルスの抗体をもっていないことを考えると、このウイルスの脅威が薄れることはない。米ミシガン大学の医学史家ハワード・マーケル氏は、新型コロナワクチンの配布という課題は、他に例のないものになる可能性があると言う。

「最悪のパンデミックの最中にワクチン接種プログラムを実施した例は多くありません」とマーケル氏は言う。「戦争の真っただ中で、全員が防弾チョッキを必要としているようなものです」

これまでの感染症では、大流行が収束した後にワクチンが大量生産されたケースが多かった。例外の1つはポリオワクチンだが、生産規模を迅速に拡大するために大がかりな努力が必要だった。1954年に当時のアイゼンハワー米政権は、6社の企業にポリオワクチンの大規模治験を認可した。また、高校の体育館、市民センター、ダンスホールに臨時の製造ラインを作ってワクチンを生産させた。

貧しい国にも配布するべき理由

世界の公衆衛生の専門家は、豊かな国々に対して、新型コロナワクチンを「世界の公共財」と考え、貧しい国々に資金とワクチンを分け与えるよう求めている。

なぜなら、ワクチン接種を受けていない旅行者がウイルスを拡散し続ける可能性があるだけでなく、私たちの国益が、外国の健康な人々がグローバルなサプライチェーン(供給網)を維持しているかどうかにかかっているからだと、ジョンズ・ホプキンス大学の生命倫理学者でWHOの新型コロナワクチン作業部会のメンバーでもあるルース・フェイデン氏は説明する。

「裕福な国々は、自国民のためのワクチンを優先的に確保しようとしがちです」と氏は言う。「しかし、自国さえよければという発想でこの事態を抑え込めると考えるのは視野が狭すぎます」

今はまだ、開発に成功したワクチンの登場を待っている段階だが、それでも保健当局が公平性を強調するのは、人々を安心させようという目的がある。

「これは、市民に向けた重要なメッセージなのです」とマレン氏は言う。「全員にとって公平なやり方でワクチンを接種するにはどうすればよいか考えている人々がいる、というメッセージです」

(文 SARAH ELIZABETH RICHARDS、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年10月17日付]

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