――理想のリーダー像はありますか。

「理想的かどうかはわからないけど、演出家の、いのうえひでのりさんが主宰している『劇団☆新感線』という劇団がありますよね。緩さをちゃんと備えながら、組織として何年も続けていて立派だなと思います。表現の仕方についてはひと言あるんですが、趣味の問題ですからね。彼は組織の維持の仕方がちゃんと分かっていて、すごくいいんじゃないですかね。劇団員は演劇以外の仕事もやりながら、生活もできていますし」

休日の過ごし方を聞くと「今はないですね。子どもを4人育てているんです。年取ってからの子どもなので、もう地獄ですよ」と笑う。一番下の子は乳児で「おむつを替えたりとか世話はもちろんしますよ。しないと回らないですから」。趣味についても「夢のようなことを今聞いたような気がする。趣味とか持ってみたい」

「今の時代、テレビのドラマや映画が演劇の役者を欲しがっています。例をあげれば、古田新太さんや阿部サダヲさんなどです。僕たちが20歳代のころはまったくそういう仕事がなかった。私なんかは、ほぼ演劇だけで生きてきた最後の最後かな」

――成功したと感じた初めての体験はどのようなものでしたか。

「自信になったのは、22歳で大学生のとき、東大の駒場キャンパスの元食堂を改装した駒場小劇場で『怪盗乱魔』という芝居をやったときです。千秋楽に劇場のキャパシティーの3倍の600人くらいのお客さんを集めたことが、大きな成功体験になりました。芝居は自転車に乗った役者がやって来てチリーンと始めるんです。でも、人が多すぎてなかなか開演できなかったので、その役者が30分放っておかれたままで……。ちょっと悪かったなと思っています」

知らないことは、口を出しすぎない

「経験を重ねて、気をつけるようになったこともありますね。自分が知らないことについては、口を出しすぎない方がいいというのが分かってきました。歌舞伎やオペラの演出も手がけてきたんですが、演劇的に見て『これができないんだ』とか思ってしまうこともあります。でも、相手も同じことを僕に対して思っているはず。10月末から東京芸術劇場(東京・豊島)で歌劇『モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」~庭師は見た!~』を手がけますが、僕は音楽は分からないので口を出さない。もとにある世界を壊さないよう気をつけています」

――逆に、今に生かせている失敗の経験はありますか。

「2003年にロンドン公演した『RED DEMON』という芝居ですね。まず過信があった。普段は長い稽古時間を取るんですけど、たった3週間の稽古で上演しました。さらに、私の英語力がまったくダメで、役者に意思が伝わらないし、脚本の翻訳も失敗してギャグが通用しなかった。それで英国の劇評家からあり得ないほど酷評されたんです」

「でも、後から考えればそれがよかった。『英語をしゃべってあいつらを説き伏せないと』と、3年ほど英語を猛勉強しました。その結果、06年にロンドンで『THE BEE』という芝居をしたときには、非常に当たりました。最初からアイルランドの作家と一緒に英語で脚本を書いたんです。『RED DEMON』のときは英国と日本の文化的な違いをうまく表現できなかったんですが、それでも『面白かった。次にやるときは声をかけて』と言ってくれた俳優さんがいて、『THE BEE』に出てくれました。最初に酷評されたおかげで、色々学ぼうという気持ちになって頑張れて、最後は実を結んだんだと思っています」

野田秀樹
1955年長崎県生まれ。東大在学中に「劇団 夢の遊眠社」を結成。92年劇団解散後、ロンドンに留学。93年に演劇企画制作会社「NODA・MAP」を設立。『キル』『赤鬼』『THE BEE』『エッグ』など、数々の話題作を発表。オペラや歌舞伎も手がけるほか、海外での創作も多い。2009年名誉大英勲章OBE受勲。11年紫綬褒章受章。

(笠原昌人)

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