「缶入り」生酒で海外でもファン開拓 新潟・菊水酒造
世界で急増!日本酒LOVE(26)
世界23カ国・地域に日本酒を輸出している創業130年超の菊水酒造(新潟県新発田市)と言えば、スーパーやコンビニなどで売られている缶入りの生酒「ふなぐち菊水一番しぼり」(以下、ふなぐち)が有名だ。火入れ(加熱処理)をしていない生酒はデリケートで扱いが難しく、元来、蔵への来訪者だけが味わえる貴重な酒だった。
しかし1972年、生酒でもおいしく味わえる特殊なアルミ缶(容量200ミリリットル)を独自開発したことで、累計販売3億本を突破するヒット商品に育った。キャンプなど屋外飲みに適した酒として人気だったが、今年はコロナ禍で家飲みニーズも拡大。飲みきりサイズのカジュアルな酒としても脚光を浴び、販売額は今年5月のPOSデータで前年比129%を記録した週もあるほど。今や国内だけでなく米国など海外でもファンが増えている。
菊水酒造の社長 高澤大介氏は、「お客様を緊張させるようでは困る。誰でも気軽に楽しめるカジュアルな日本酒が大事だと思っています」と話す。この考え方は海外展開でも一貫しており、同社は缶入り「ふなぐち」200ミリリットルの英字パッケージのものを各国に輸出している。
海外輸出は現在、同社の売上全体の約15%を占める。最大の輸出先は米国で、1995年から本格的に海外進出をスタート。2010年には米国に現地法人を設立した。現地採用の社員も交え、マーケティング活動に本腰を入れ始めてから業績は一段と伸びるようになった。
当時はまだ日本酒が十分認知されていない時代。「原材料は?」「ワインとどこが違うの?」…。そうした初歩的な質問にイチから丁寧に答える必要があった。派手なイベントよりも、レストランを1軒ずつ訪問して回るのが先だった。「ニューヨーク出張というとおしゃれなイメージを抱く人もいるかもしれませんが、酒の入った段ボール箱をマンハッタン中、汗水流して持ち歩き、地道に営業する日々でした」と高澤氏は振り返る。
はるばる日本からやってきた蔵元の5代目として、地元・新潟のテロワール(気候や風土など)を説明、酒造りでのこだわりなど丁寧な説明を重ねた。「ドラマで"刑事(デカ)は現場100回"とか言いますが、我々は"レストラン100回"。レストランのオーナーが日本人なら話が早いのですが、外国人がオーナーだと日本酒の魅力を理解してもらうまで何度でも訪問します」(高澤氏)。中でも「なぜ缶入りなのか?」を説明する時は一苦労だった、と明かす。
レストランで商品説明をすると、シェフらは一様に怪訝(けげん)な顔をした。「ホワイトアスパラガスだって瓶入りなのに、なぜ缶なのか」。現地で日本酒といえば圧倒的に瓶入りが主流。缶入りや紙パック入りのワインも出回ってはいたが、それらはもっぱら小売店で家庭用に販売されていた。缶に対するイメージがわきにくかったのだ。
「ふなぐち」は酵素が生きたままの生酒なので、味わいが変化しやすい。酒が劣化する2大要因は空気(酸素)と光(紫外線)。だからこの2つの排除を徹底した。通常200ミリリットル入り缶の場合、180ミリリットルほど中身を入れるのが一般的だが、同社は酒で満タンにした。空気が入る余地を減らし、酸化しにくくするためにだ。
缶の蓋を開けると、なみなみと酒が入っており、居酒屋などで提供している"こぼれ日本酒"に似ていることで、お客の人気を博した。缶にしたことで光(紫外線)も遮断し、生酒ならではの本来の味わいを実現した。「つまり品質安定のためにあえて缶入りにしたということか」。高澤氏の説明を聞いて、シェフらはようやく合点がいったようだ。すると、すかさず高澤氏は「Yes! we can!」と応じた。当時のオバマ大統領のフレーズのcanに缶を引っかけ、笑いを誘い、商談成立といったケースも少なくない、と笑顔で明かす。
とはいえ、生酒なので、遅くとも6カ月以内には消費してもらうように、と現地の流通関係者に要請するのを忘れない。6カ月たってから飲んでも品質には影響はないが、熟成によって味わいが多少変化する。違うおいしさに出会えるのも生酒ならでは、という教育の浸透に腐心する。
「ふなぐち」はアルコール度数も19度と強い(一般的には原酒を水で薄めて、アルコール度数を15~16%くらいに調整する)。「日本では味が濃すぎて苦手というお客様もいらっしゃいます。どちらかと言うと個性的な、ニッチな商品といってもいいでしょう。でも米国ではアルコールに強い方も多く、普段食べている濃厚な料理にも合わせやすい、と国内以上に『ふなぐち』は、実は人気なのです」と高澤氏。
「ふなぐち」は濃厚な味わいだから、焼き鳥などの和食はもちろん、現地で好まれるピザやステーキなどにも合う。「今までの日本酒とは全然違う。こんなにストロングな日本酒があったなんて知らなかった。普段食べているフライドポテトにもよく合うよ、と喜んでいただくこともあります」と高澤氏は顔をほころばす。
サンフランシスコでも、地元で有名なハンバーガー店で「ふなぐち」が人気だ。店ではビールを多くそろえているが、その脇に「ふなぐち」も陳列。実際に高澤氏が、肉汁したたるシグネチャー・ハンバーガーと「ふなぐち」を合わせてみたら、想像以上のおいしさで、売れている理由に納得がいったという。
国内では「ふなぐち」は200ミリリットル入り缶からスマートパウチ1500ミリリットル入りまで、さまざまなサイズと容器で販売されている。一方、海外では200ミリリットル入り缶と300ミリリットル入り瓶と基本的には小ポーションで長年販売してきた。ちなみに缶入りは720mlに比べると、物流コストが5~6割に抑えられるメリットもある。
「"まずお試しで200ミリリットル"であれば、日本酒を全く知らない外国人でも気軽に注文しやすい。海外進出して約25年、このやり方でローカルのお客様に魅力が浸透してきた。時間はかかりましたが、今では和食店以外でも味わっていただけるようになってきました」(高澤氏)
一方、アジアでもタイを拠点にASEAN各国へ輸出する。タイでは意外に「ふなぐち」よりも辛口タイプが人気だとか。「バンコクの和食店に入ると、日本にいるのかタイにいるのか一瞬わからなくなる。それくらい日本と同じクオリティーの和食が提供される。朝に豊洲から輸送された鮮魚が夕方には刺し身として食べられるので、淡麗辛口の酒などが合うのです」と高澤氏。米国の和食店だとフュージョン系が多くローカライズされているが、タイの和食店は日本の味そのものなので、合わせたい酒も異なるという。
コロナ禍により、人々のライフスタイルは変化しつつあるが、「人間の中身がガラリと変わるわけではない。"飲食店で楽しみたい、お酒を飲んで和みたい、友人と語り合いたい、知的好奇心を満たすために興味深い食体験をしたい"。そういった人間のサガは基本的には変わらない」。高澤氏はそう信じている。
「日本酒はやはり楽しいし、おいしい。その中で、お客様を窮屈にさせたり、緊張させたりするのではなく、リラックスしてもらい、気軽に楽しめるお酒の魅力を、これまで以上ににアピールしていきたい」と高澤氏は意欲を見せる。コロナ後の新しい日本酒の楽しみ方をお客様に提案するため、今こそ飲食店と一緒に知恵を絞るべきだと考えている。
(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)
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