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古代「史記」 偉人の出世学

2020/10/25

古代「史記」 偉人の出世学

トップに命を狙われた趙盾を、名もなき者が命をかけて守ったのはどうしてでしょうか。史記は趙盾を「素(もと)より貴く、民の和を得たり(心根がきれいで、民衆もよく親しんだ)」「素より仁にして人を愛す(思いやりの心が備わっていて、人を大切にした)」と評しています。そういう人物の命を奪おうとすることは、最高権力者といえども容易ではなく、逆に自滅するということでしょうか。

無償の人、打算の人

ただ、趙氏の危機はそれで終わりではありませんでした。

よくない君主のそばには、よくない家臣がいるものです。霊公にかわいがられた屠岸賈(とがんか)は、そんな一人です。霊公が殺された後も、なぜかうまく身を保ち、刑罰をつかさどる「司寇(しこう)」という実力ポストを手にします。
 晋の君主は霊公の次の次、景公となっていました。すでに趙盾は没し、子の趙朔が後を継いでいました。屠岸賈は霊公殺害について蒸し返し、亡き趙盾に罪を着せます。そして子の趙朔もろとも趙氏を滅ぼそうとします。
 この動きを知り、趙朔に早く逃げるよう告げたのは同僚の韓厥(かんけつ)です。しかし趙朔は逃げることを潔しとしません。そして景公の許しも得ぬまま屠岸賈が送り込んできた諸将に一族もろとも殺されてしまったのです。ただ、先君の姉だった妻だけは何とか王宮にかくまわれ、まもなく男児を産みます。この子がつまり「趙氏孤児」です。
 この話を耳にした屠岸賈は宮中に乗り込んできます。母親は赤子をはかまの中に隠し、呼びかけました。
  趙宗滅びんか、若(なんぢ)(がう)せよ。即(も)し滅びざらんか、若声する無(な)かれ。
 趙氏が滅びてもよいのなら泣き叫んでもいいよ。存続を望むなら声を出してはいけないよ――。赤子は声を発することなく、何とかその場をしのぎました。
イラスト・青柳ちか
 殺された趙朔には程嬰(ていえい)という親友と、公孫杵旧(こうそんしょきゅう)という食客がいました。杵旧が程嬰に「赤子を育てあげるのと、死ぬのでは、どちらが難しいだろうか」と問うと、「死ぬ方が易く、赤子を守る方が難しい」との答えが返ってきました。すると杵旧は「あなたはその難しいことをやり遂げてください。私は容易な方をやります」と提案し、決死の芝居を打ちます。
 2人は身代わりとなる赤子を連れ、山中に隠れました。その後、程嬰のみが寝返り、赤子と杵旧の居場所を伝えたのです。杵旧はわざと程嬰への恨みの言葉を残しながら、赤子と一緒に殺されました。屠岸賈の意を受けた諸将は、趙氏の子を殺したと思い込みます。
 程嬰は趙朔の子と隠れ住み15年が過ぎます。病を得た景公がその原因を占うと「趙氏の子孫が先祖を祭れないことがたたっている」とのこと。景公は韓厥から、趙朔の子、趙武が生き残っていることを明かされ、宮中に呼び入れます。そして諸将に占いの結果と趙氏再興の希望を伝えると、諸将は言い訳しました。「あれは屠岸賈にだまされてのこと。みんな趙氏の再興を願っています」。景公は趙武と程嬰に諸将を従わせ、屠岸賈の一族を攻め滅ぼしました。
 趙武が成人すると程嬰は、死んだ杵旧に早く報告したいと願い出て自害してしまいます。趙武が「恩に報いたい」と泣いて止めるのも聞きませんでした。趙武は3年の喪に服し、その後も絶えることなく程嬰の功績を顕彰しました。

あえて逃げずに討たれた趙朔の判断については、賛否があるかもしれません。それでも、その遺児のために、韓厥、杵旧、程嬰がとった無償の行為、あるいは自己犠牲には、何か理由があったと思われます。趙朔もまた彼らと同じような無償の人だったのではないでしょうか。打算の人は打算の人と近づき、離れるときは簡単に離れますが、彼らはそうではありませんでした。無名の男が趙盾を守った理由とも通じ合うものがあります。

最後に笑う者と、そうでない者を分けるものはいったい何でしょうか。趙氏孤児の物語を思うたび、考えさせられるのです。

吉岡和夫
1939年(昭和14年)千葉県生まれ。横浜国大経済卒。東海銀行(現在の三菱UFJ銀行)に30年間勤務。書家の古谷蒼韻氏に師事。雅号は「泰山」。中国「司馬遷史記博物館」(2016年開館)の顧問も務める。著書に『史記を書く』(1996年)、『毒舌と名言の人間学』(2005年)など。名古屋市在住。

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