1カ月以上の男性育休 霞が関から企業へ広げる
男性の育児休業が注目されている。国は育休を取るよう社員に勧めることを企業に義務づける法改正を検討する。国家公務員に対しては一足早く、1カ月以上の取得を促す試みが今春始まった。半年を経て見えてきた霞が関の成果は男性育休が増えそうな企業の参考になるかもしれない。
「産後でつらそうな妻のケアや、退院後の準備に充てられた」。内閣人事局の平林孝太さん(33)は第1子が生まれた7月、2週間の育休を取った。病院に毎日顔を出し、出生届などの行政手続きを担った。退院後に妻子が移る平林さんの実家に荷物を運び入れる作業もした。
「心細かったので休んでくれてよかった、と妻に言われた」と平林さん。いったん仕事に復帰し、9月からさらに3週間の育休を取った。出産は予定日より早まったが、「事前に上司と業務内容を擦り合わせ、仕事をほかの職員に振り分けるなどしていたので、混乱なく休みに入れた」という。
国家公務員の男性に育休取得を促す取り組みが4月に始まった。国家公務員には子の出生後8週間以内に取れる有給の特別休暇が計7日間ある。「男の産休」と呼ばれるこの休暇と、通常の育休を組み合わせるのが基本だ。政府は(1)合計1カ月以上(2)なるべく1年以内(3)生後8週間までに一定期間をまとめて取得して――と呼びかけている。
霞が関では今、部下から子供が生まれることを告げられた上司は育休取得を勧めることが求められている。希望を面談で聞き取り、取得計画書を作る。計画の作成が上司の人事評価にも反映される仕組みだ。上司は業務をほかの職員がどう引き継げばよいかも考える。必要に応じて業務の遂行計画を準備する。
民間の知恵も借りる。生まれたばかりの子供との生活に向けて、念入りな事前準備は欠かせない。「リビングの掃除はどうする」「きょうだいのケアは」。夫婦間の意識を擦り合わせる家族ミーティングシートは、2018年9月から男性社員に1カ月以上の育休取得を義務付ける積水ハウスが公開しているものをもとに作った。
収入が減る、との心配が根強いことから、育休中の収入を推計できるシートも用意した。ほかに、仕事と育児の両立支援制度や、育休を取った男性部下を支えた上司のインタビューなどを掲載した冊子「イクメンパスポート」を配布、公開する。実際に育休を取得した男性職員の育児中の一コマを紹介する写真展を開くなど、職場の理解促進も進める。
内閣人事局によると、4~6月に子供が生まれた男性職員3035人のうち、85%が1カ月以上の育休を予定している。予定日数の平均は43日だ。新型コロナウイルスや豪雨災害への対応などで1カ月以上取れない人もいるが、特別な事情がない限り、1カ月は休むのが当たり前という空気ができつつある。
国にとって国家公務員に対する取り組みは、民間企業に男性育休を広げるための地ならしという面がある。来年の通常国会に育児・介護休業法の改正案を提出し、男性に育休取得を勧めることを企業に義務付ける方向だ。
もともと日本の育休制度は手厚い。企業規模にかかわらず、会社に申請すれば子供が1歳になるまで何日でも取得できる。期間中は無給になるが、国の雇用保険から最初の半年間は月給の67%が支給され、社会保険料も免除される。平均的な会社員なら実際の手取り額の8割程度は保障される。男性は女性と異なり、一定の条件下で2回に分けて取得することも可能だ。
それでも、19年度の男性の育休取得率は7.48%にとどまる。18年度から1.32ポイント上昇したものの、政府の「25年度に30%」という目標には遠く及ばない。期間も半数以上の女性が1年前後は休むのに対し、男性は2週間未満が7割を占める。
就業規則になくても男性も育休を取れることが知られていないなど、誤解は多い。企業が積極的に従業員に働きかける制度に転換させて取得率を高める狙いだ。
子供が生まれた直後に男性が取得できる新たな休業制度の議論も、厚生労働相の諮問機関である労働政策審議会の分科会で9月に始まった。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの18年度の調査によると、男性社員が育休を使わなかった理由は「収入を減らしたくなかった」が32%でトップ。男性版の産休制度は育休よりも休業中の給付金を手厚くする方向で、収入面の不安を減らす。
夫が育児にかかわる時間が長いと、妻が継続して働く割合や第2子以降が生まれる割合が高い傾向がある。少子化に歯止めをかけつつ働き手を確保するには、共働きでも子供を産み育てやすい環境をつくることが不可欠だ。
男性の育休取得を促す霞が関の取り組みは、育児と仕事の両立をどう支えるか悩む企業にヒントを与えそうだ。
雰囲気づくりが課題
働く女性の8割が育休を取るのに対し、男性の取得率は低迷が続いてきた。壁はいくつかある。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査によると、収入面での不安に加え、「職場が取得しづらい雰囲気だった」(25%)、「業務が繁忙だった」(18%)を理由に挙げる人が多い。
世界を見渡してみても、日本の育休制度は充実している。国連児童基金(ユニセフ)は19年の報告書で、「最も長い有給(相当の)休業制度を提供している」と紹介している。
新制度で収入面の不安を少しでも取り除くのは必要だが、職場の雰囲気づくりを通した既存の制度の活用がまずは求められる。令和の時代は希望する男女がともに育休を取り、復帰後も協力して育児に取り組むのが当たり前の社会にしたい。
(学頭貴子)
[日本経済新聞朝刊2020年10月19日付]
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