2020/11/2

全速力でスタートした調査

今回の調査は、「妊産婦の新型コロナウイルス感染症の経過に関するレジストリー(Pregnancy Coronavirus Outcomes Registry)」、略称「PRIORITY」という野心的なプロジェクトの一環として実施された。レジストリーとは登録した患者の観察研究のこと。PRIORITYでは、新型コロナに感染した妊産婦のデータベースを全米規模で構築し、登録者と生まれた子どもの健康状態を、出産後1年にわたって追跡する。

今年の早春、米国で新型コロナの感染者数が爆発的に増加し、医療現場の逼迫や個人用保護具の不足に関する懸念が高まった。そこでジャコビー氏らは、全速力でデータベースを構築した。

「通常なら3カ月かかる作業を、ほぼ2週間半で終えました」とジャコビー氏は振り返る。「とにかく緊急に必要だと感じたからです」

妊娠は、体の機能に大きな変化をもたらす。免疫系がわずかに抑制され、一部の感染症にかかりやすくなることもそのひとつだ。クロス氏によれば、その原因は単純で、臓器移植の拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を服用する理由とよく似ている。

子宮内で成長する胎児は、DNAの半分が父親に由来する。母体の免疫系にとって、このDNAは外部からの侵入者にあたる。そこで、胎児を成長させるために、母体は防御力を調整しなければならないのだ。

また、妊娠中は2つの理由から肺に負担がかかることがある。ひとつは、子宮が大きくなるにつれて横隔膜が圧迫されることだ。横隔膜は、肺が空気を取り入れる量をコントロールする平らな筋肉だ。横隔膜が圧迫されると、母体の呼吸能力は低下する。一方で、胎児は成長するにつれて、より多くの酸素を必要とするようになる。この2点から、妊婦の肺は「やや弱くなります」とクロス氏は説明している。

人種の多様性を確保

PRIORITYチームは3月22日に調査参加者の登録を始めた。今、データベースには全米各地の1333人が登録されている。今回の論文では7月10日までの登録者が対象で、新型コロナ感染が確認された約600人の妊産婦が含まれている。

当初から、人種の多様性は参加者登録の重要な焦点だったとジャコビー氏は言う。新型コロナの感染が始まる前から、制度的人種差別は長年、医療へのアクセスや社会経済的な機会に多大な格差を生じさせてきた。それは妊婦の死亡率にも表れている。米国では、黒人女性が妊娠中に合併症で亡くなる割合は、最大で白人女性の6倍にも上る。

パンデミックは、こうした格差を浮き彫りにしている。新型コロナで入院する割合を比べると、黒人とヒスパニック系の人々は白人の5倍に近い。人種の多様性を確保したPRIORITYの調査で、病気の経過に関して、こうした影響を受けやすいコミュニティーに特有の問題にも取り組めるだろう。今回の調査では、黒人、先住民、その他有色人種が41%含まれており、15%が英語以外の言語で登録した。

「当然ですが、言語が違ってもウイルスへの感染のしやすさに差はありません」とジャコビー氏はくぎを刺す。

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長引く理由は謎のまま
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