役所広司、リモートでも魅力 クラフトボスCMの裏側
売れるCMキャラクター探偵団
Web会議システムの画面上に並ぶ堺雅人と役所広司が、リモートでほほ笑ましい掛け合いを見せるサントリー「クラフトボス」のCM。幸せな働き方を模索する「WORK&PEACE」をコンセプトに、時代に沿って変化する働き方を前向きに描く。クラフトボスの新顔、役所起用の理由を探った。
■商品:CRAFT BOSS(クラフトボス)
■企業:サントリー食品インターナショナル
<クリエイターズファイル>
■プロデューサー:若生秀人
■クリエイティブ・ディレクター:高上晋、佐々木宏
■コピーライター:福里真一、照井晶博
■アートディレクター:浜辺明弘
■演出:八木敏幸
■撮影:秋田浩司
■ナレーター:菅生隆之、大黒和広
■広告会社:連+ワンスカイ+電通
新時代へ変化する働き方を明るく描く
BOSSブランドの看板・宇宙人ジョーンズ(トミー・リー・ジョーンズ)のナレーション「この惑星では本当の意味で働き方が変わろうとしている」の後、画面越しに初めて顔合わせをする堺雅人と役所広司の顔が左右に並ぶ。
堺から「この顔合わせがCMになります」と説明を受け、驚く役所。手元にクラフトボスがないことに気づいて慌てて取りに行くが、黒いTシャツの下は下着姿。さらにせりふや飲みカットのタイミングを間違えるなど、しどろもどろの役所の姿に堺がたまらず笑ってしまう。最後はCM制作会社の社員にふんしたジョーンズの姿とともに、「この惑星ではもはや、家と職場を分ける必要もないらしい」とナレーション……。
言うまでもなく、クラフトボスの新CMは新型コロナウイルス感染拡大によってリモートワークが急増した社会情勢を反映している。実は、撮影日は緊急事態宣言が明けた直後だったため、通常の撮影ができる状況ではなかった。「伝えたいことを網羅しつつ、この環境でできることを考えた結果、リモートCMになった」と、サントリー食品インターナショナルジャパン事業本部コミュニケーションデザイン部の佐野貴子氏は明かす。
スタジオに自宅風のセットを組み、十分な距離を保ったまま、堺と役所の2人をパソコンの前に座らせた。CMの映像は、実際のパソコン画面を映したものだ。現場に入るスタッフの数も極限まで減らし、佐野氏らもオンラインで撮影の様子を確認した。
画面には決して「新型コロナウイルス禍のせいでこうなってしまった」と捉えられるような空気は一切出さなかった。「今の状況は人によって受け止め方が全然違う。断片的なメッセージになるのを避けたかった。それよりも明るく、見た人にクスッと笑ってもらえたらと思い、人肌感やリアル感が伝わることを目指した」と佐野氏。
もともと、時代に寄り添う幸せな働き方を見つける「WORK&PEACE」がクラフトボスのCMのコンセプト。これまでもサテライトオフィスやテレワークの設定で制作してきた。今回のCMも、決して「リモート推し」なわけではない。
「これからは一つの働き方に縛られることなく、リアルとリモートを駆使しながら働きやすい環境を見つけていくことになるだろう。それは働き方がより豊かになるということ。選択肢が増えたのに、それをなかったことにして時代が戻ってしまうのはもったいない。『テレビCMでもやっているのだから、可能ならリモートでやろう』と思ってもらえたら」と佐野氏はこのCMに込めた思いを打ち明ける。
3編が放映され、冒頭の『宇宙人ジョーンズ・顔合わせ』編A以外の2編では、よりその思いが現れた。
『宇宙人ジョーンズ・顔合わせ』編Bでは、「なんか味気ないですよね、こういうリモートのやり取り」とこぼす堺に対し、「俺はポジティブに捉えるべきだと思うよ。リモートによって場所に縛られることなく仕事もプライベートも(以下、画面がフリーズ)」と役所が前向きに返す。それにしても「フリーズ」とは、何とリアルな演出だ。「みんな新しい環境で何とかアジャストしようと頑張っていることを伝えたかった」(佐野氏)
ちなみに『宇宙人ジョーンズ・顔合わせ』編Cでは、自分の音声が途切れてしまったのに役所が気づかず、逆に堺に「聞いてる、堺君?」と返事を促している。
印象的なのは、ジョーンズのナレーションがそれぞれ異なる点だ。Bでは、「この惑星ではもはやどこで働いてもいいらしい」と、働く環境の自由度が高まっていることを示唆し、Cでは「この惑星の新しい働き方は人によっては楽だ」と、リモート一択ではないことを伝えている。
ユーザー層の拡大に合わせて役所を起用
クラフトボスは、2017年に缶コーヒーを飲まないオフィスワーカーやITワーカーなど比較的若年層に向けて、「1日寄り添ってくれる」コーヒーとして初のペットボトル入りコーヒーとして発売。それがターゲット層にはまり、大ヒットした。CMも堺をはじめ杉咲花や成田凌、ゆりやんレトリィバァといった若いタレントを起用したり、IT企業風オフィスを舞台にしたりと、ターゲット層に合わせた設定だった。
しかし、人気が広がるにつれユーザー層も拡大し、競合他社からもペットボトル入りコーヒーが続々発売されるようになった。「今や定番商品となり、老若男女問わず飲んでいただいている。ペットボトル入りコーヒーカテゴリー自体が新しいフェーズに入っている」と、佐野氏は分析する。
そこでブランドキャラクターもユーザーの実態に合わせて検討することにした。役所を起用した決め手は、新たにリーチしたユーザーの年齢層に合致していることと、知名度や好感度の高さだった。「役所さんはこれまでのキャラクターで最年長ですが、とてもチャーミングで広く好かれている方。堺さんは初共演ですが、ずっと役所さんに憧れていた、と喜んでいたのが印象的」。役所に対して堺の目尻が下がりっぱなしなのもうなずける。
撮影中は役所がアドリブで猫をあやすなど、終始和気あいあいとした空気だったそうだが、互いに初めての経験に戸惑いもあったらしい。「役者さんは普段、互いの呼吸を見ながら演技をされているため、2人とも『一体どんな仕上がりになるのか?』と話し合われていました」
そんな2人の懸念をよそに、ユーザーからは「今を表している」「時代に合った働き方を描いてきたBOSSらしい」「堺さんも役所さんもチャーミング」と、好感の声が続々だったという。困難を極める現状だからこそ、温かみのある人肌感に救われる。「働く人の相棒」を標榜し続けてきたBOSSらしくも新しい一面がブランドに加わった。
(ライター 北川聖恵)
[日経クロストレンド 2020年8月28日の記事を再構成]
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