大地震後の72時間、疑似体験も 防災施設で学ぶ備え
年々その脅威を増す台風や集中豪雨。そして30年以内に70%の確率で発生が予測されている首都直下地震。こうした可能性から目をそらさず、より多くの人に自然災害への意識を高めてもらうため、各地の防災施設は趣向を凝らす。秋の一日に施設を訪れるのも備えのうちだろう。
傾いた電柱に倒壊したビル、火災が起き始めている飲食店。停電した街中には緊急地震速報の音が鳴り響き、不安をかき立てる。
そんな被災した東京のリアルなジオラマが広がるのは、東京臨海広域防災公園(東京・江東)内の学習施設「そなエリア東京」だ。ここでは「東京直下72h TOUR」と題した、地震発生後から72時間の生存力を身につけるためのツアーが体験できる。
なぜ72時間なのだろうか。同施設の沢善裕副センター長は「地震発生から3日間は、自治体や国の支援がまだ届かない。この時間を、自力で乗り切る力をつけることが重要なので」と説明する。
入り口で渡されたタブレットを手に、さっそく体験スタート。ジオラマを歩いて避難場所を目指しながら、72時間の間に何が起きるかを学ぶ。タブレットには地図が表示され、指定の場所に行くと防災にまつわるクイズが出題される。正解でも間違いでも解説が表示され、知識が深まる。
30分ほどかけて被災地をめぐった後は、避難生活の様子が再現された避難所ゾーンへ。簡素な段ボールで仕切られただけの空間や段ボールベッドを見て、避難所生活の過酷さが想像できた。体験は予約不要、開館時間中30分ごとに実施される。
練馬区立防災学習センター(東京・練馬)では、VR(仮想現実)ゴーグルを装着して起震車で地震の揺れを体験する「VR地震体験」が味わえる。7月に始まったばかりで、全国でも極めて珍しい。
体験できるのは「キッチン・ダイニング」「学校の教室」「屋外」の3パターン。キッチン・ダイニングでは動揺する調理中の女性や大きな食器棚が転倒する映像がリアル。屋外では空から植木鉢が次々に落下してきて、頭を保護することの重要さを実感できる。映像と揺れを同時に体験することで、本当に災害に巻き込まれたかのようだ。
1分ほどの地震体験の後は身を守る行動の解説映像を見られる。同施設の萩原洋介副所長は「VRを使ったリアルな地震体験をすることで、家具の転倒防止や日ごろの備えを見直すなど、少しでも防災意識の向上につなげてもらいたい」と話す。小学5年生以上が対象で、毎週火・木曜日と毎月第2日曜日の午後2~4時ごろまで体験可能だ。電話予約をすれば希望の日時でも体験できる。
地震以外の自然災害にも目を向けたい。本所防災館(東京・墨田)では、都市型水害の怖さを学ぶ体験ができる。本所防災館のある墨田区は、荒川や隅田川などの大きな河川が近くを流れる、歴史的に水害の経験が多い地域だ。
都市型水害体験はインストラクターが案内する「雨風・水害コース」に含まれ、事前予約制。体験では集中豪雨に関する映像を見たあと、浸水し水圧がかかった地下室のドアや自動車のドアを押し開ける体験ができる。地下室のドアなのは、都市部では大雨が降った場合、雨水が地下に流れ込む仕組みだからだ。
「幅80センチメートルの一般的な大きさのドアにかかる水圧は、水の高さ10センチメートルで4キログラム、30センチで36キログラム。30センチメートルになると成人男性でも半数は開けることができない」(東京消防庁本所都民防災教育センターの田村等課長代理)。成人男性である筆者も30センチに挑戦したが、少しは押し開けられたものの、人が通れるほどの隙間は作れなかった。
防災館で再現できるのはドアにかかる水圧のみ。実際は大量の水が流れ込んで足もとが悪い中での脱出になる。そうなれば困難さは段違いだろう。田村課長代理は「地下は雨風をしのげて安全と考えがちだが水が流れ込めば危険なこともある。体験を通して早めに避難する大切さが実感できるはず」と話す。
誰もが直面する可能性がある自然災害。体感型施設では、備える重要性を楽しみながら実感できた。足を運んで考える機会にしたい。
(ライター かみゆ編集部・小沼 理)
[日本経済新聞夕刊2020年10月10日付]
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