IT(情報技術)ベンチャーのFringe81に新卒で入った柳川さんだが、一橋大経済学部に入った時点では超安定志向だった。同大卒業生のメジャーな進路といえば、大企業か国家公務員、あるいは公認会計士や弁護士。柳川さんも公認会計士を目指そうと1年生のときから予備校に通った。

そこで仲良くなった学生があるとき、こうつぶやいた。「電卓をたたいて数字がピタリとあった瞬間が最高。この世界が好きすぎる!」。柳川さんはハッとした。「私は全くそこに喜びが見いだせない。資格さえ取れればあとは安泰と思ってたけど、好きでもないことで社会に価値が提供できるはずがない」。では自分が心から好きと思えることは何か。浮かんだのは「文章を書くこと」。大学でも学内の論文コンクールなどに応募していた。

公認会計士はスパッと諦め、記事執筆や編集の仕事を経験しようとインターンを始めた。インターン先はベンチャー企業への転職・就活支援を手がけるスローガン(東京・港)。学生向けメディアの記事を担当し、ベンチャー経営者の話を浴びるように聞いた。「世の中にはこんな生き方があったのかとワクワクした。安定を求める気持ちが消えていった」

中でも圧倒されたのが、ソフトバンク出身だったFringe81の田中弦社長だった。就活ではベンチャーばかり5、6社受けたが、心ひかれていた同社から内定通知をもらうと、そのままピアボーナスサービスの立ち上げに携わり、17年春に正式に入社した。

参加当時の社員メンバーは斉藤さん、ベテランのエンジニアとデザイナーの計3人。斉藤さんが柳川さんからよく聞いたのは「決めるのは誰なんですか」という言葉だ。「それに対して僕は『決めるのは誰でも(資格を持ちうる)』と答えていました。事業が成長できる方法について誰よりも意見を持ち、説明責任を持てる人が決定者になるのだと」

一番年下なのだから、誰か上の人が決めたことに従えばいい――。そんな姿勢が徐々に変わっていった。自分で考えたことが結果につながる喜びを初めて感じたのは入社2カ月目だ。ピアボーナスの顧客を増やそうと、経営者の心理を意識した「共に働く仲間と送り合う新しい成果給のカタチ」というキャッチコピーをつくったところ、2週間で200件もの問い合わせが寄せられ、受注拡大の起爆剤となった。

同じ入社1年目に、田中社長のプレゼン資料づくりを命じられたことも意識を変えた。「信じて任せて気長に待つ」をモットーとするトップから「きょうからプロとして使う」と宣言された。「経験がない、スキルがないなんて言い訳はできない。やるしかないと覚悟が決まった」

感謝のポイントで寄付も

2年目からはマネジメントも担当する。相手は皆、年齢も経験値も自分より上だったが「一人ひとりが個性や強みを発揮できるよう舞台を作るのが自分の役割」と自らに言い聞かせた。斉藤さんは「彼女の傾聴力、対話力は僕たち経営トップもかなわない」と舌を巻く。

20年2月からは従業員が送り合うポイントを非政府組織(NGO)などに寄付する「SDGsプラン」を始めた。たまったポイントを現金給付やランチ補助などの福利厚生に振り向ける仕組みだったのを、社会貢献に活用できるようにしたのだ。

柳川さんは「感謝し合って働くことが、自分たちのやりがいにもなり、他の誰かのためにもなる」と語り、中高時代に思いをはせる。「フェリス女学院の教育理念は『For Others(他者のために)』だった。毎日、先生が聖書を読んでは自分の身に引き寄せてエピソードを話すという朝の礼拝があり、正直、眠くなることも多かった。でも、つねに『与えることができる者』へと成長することがまことの自由という教えが、知らず知らずのうちに私の中にも染み付いていた気がする」

ユニポス事業を担った子会社で執行役員を20年9月まで務め、10月1日付の子会社吸収にあわせ、Fringe81の「COO(最高執行責任者)室グループマーケティング戦略室」の室長となった。IT企業のビジネスパーソンとしての伸びしろはいっぱいだが「いつかは大好きな書く仕事もしたい」との野望は持ち続けている。

(ライター 石臥薫子)

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