非正規雇用、コロナでダメージ 社会保険の適用拡大を
ダイバーシティ進化論(出口治明)
コロナ禍では一番弱いところにしわ寄せが来た。労働市場でいえばパートやアルバイトなどの非正規労働者が最もダメージを受けている。7割近くは女性だ。
もし経済的に余裕があるなら、この機会に勉強することを勧めたい。「フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか」(ポプラ社)によれば、フィンランドではおよそ3人に2人が転職を経験し、2人のうち1人は次の職場に移るまでに大学に行ったり、資格を取ったりしている。コロナ禍で誰もが手に入れたのはその時間だろう。ぜひ時間を有効活用してやりたいことに向かうべく準備してほしい。
正規・非正規の問題を解決する1つの方法は社会保険の適用拡大だ。たとえば年金には国民年金と厚生年金があり、理念が異なる。国民年金は自営業者向けで定年はなく老後もある程度働き続けることを想定し、支給額は月6万円程度になっている。一方の厚生年金は、定年後に仕事がなくなる被雇用者向けなので月15万円程度の支給額だ。
それなのにパートやアルバイトの人たちは国民年金に追いやられている。適用拡大とは、理念通りに被用者全員を厚生年金に移すこと。日本でも中小企業に適用拡大する動きはあるが事業主の抵抗は根強く、所得の壁も残る。確かに企業にとっては大幅にコストが跳ね上がる。
ドイツでは2000年にシュレーダー政権下で適用拡大に踏み切った。この時も中小企業の事業主は反対した。だがシュレーダーは「世界で初めて社会保険を制度化したビスマルクは人を雇うということは『その人の人生に責任を持つことだ』と言っている。だから社会保険料を払えない企業は、そもそも人を雇う資格がない」と反論した。
すると今度は労働者に社会保険料を負担させるのはかわいそうだと主張。シュレーダーは「ならば会社が10割負担すればいい」と応じた。シュレーダーはその後政権を失ったが、ドイツ経済の足腰は強くなった。
安価な労働力ではなく貴重な人材として労働者を活用する必要がある。日本でも適用拡大を推し進めることで労働者は守られる。同一労働同一賃金に近くなり、ジョブ型雇用も明確になる。雇用の流動化も進む。今は会社を辞めてパート・アルバイトになると国民年金に切り替わるが、適用拡大すればその心配がなくなるからだ。
立命館アジア太平洋大学学長。1948年生まれ。72年日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを務める。退社後、2008年にライフネット生命を創業し社長に就任。13年から会長。17年6月に退任し、18年1月から現職。『「働き方」の教科書』、『生命保険入門 新版』など著書多数。
[日本経済新聞朝刊2020年10月5日付]
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