フランスにコンソメ味のポテチはない? あの味の裏技
皆さん、ボンジュール。私はユイじょり。日本企業の駐在員として4年間、フランス・パリで過ごし、その後裸一貫で再度パリに流れ着いた。ライフワークは、昔も今も「食」。現在は日々、故郷を想いながら現地で入手できる食材を駆使して、「創作和食」を作り出すことが生きがいだ。これから、現地で感じる日仏の食文化の違いも交えつつ、ちょっと楽しい「食」にまつわる情報をお届けしたい。どうぞ、おつきあいくださいませ。
さて、初回のテーマは、「ポテトチップス」。まずはこの、パリ郊外にある大型スーパーマーケットのポテチ売り場の写真をご覧いただきたい。こちらは塩以外の味がついたポテチの列で、この裏側にはなんと、プレーンの塩タイプのポテチのみが、もう1列同じように並んでいる。圧巻の光景だ。そして、皆さんはお気づきになるだろうか? 日本人が愛してやまない、ある「味」がないことに。
正解は、「コンソメ」味。ここは美食の国、フランスだ。それなのに、「うすしお」「のり塩」とともに日本人のポテチフレーバー不動の御三家、「コンソメ」味が、どこにもないではないか! 「のり塩」味がないのはなんとなく納得できるとしても、美食の国フランスならば当然ありそうな「コンソメ」味がないとは……。
なんと由々しき事態。ポテチといえば米国か!? と早速、米国在住の友人数名にも聞いてみたところ、同様に、「コンソメ味のポテトチップスなんてここでは見たことがない!」と口をそろえる。どうやら、フランスや米国には、日本の定番「コンソメ」味が存在しない、といえそうだ。
ここで少し、フランスのジャガイモ事情について触れておこう。FAOSTAT(国際連合食糧農業機関統計データベース)によると、2017年度におけるフランスのジャガイモ生産量は、世界第10位である。実際、フリットと呼ばれるフライドポテトや、ジャガイモのグラタン、ピュレなどは、肉や魚の付け合わせとして確固たる地位を築いている。ジャガイモは、フランスの食文化に欠かせないものであり、まさに「主食の一つ」と言えるほど、フランス人の胃袋を支えているといっても過言ではない。
では、なぜコンソメ味がないのだろう? そもそも、「コンソメ」の由来は、フランス語の「consomme」。仏和辞典をひもとけば、「完璧な、熟達した」という意味の形容詞とある。
この写真は、フランスのスーパーの固形だし売り場の様子。こちらでは「Consomme」と書かれた商品は見つからず、「Bouillon(ブイヨン)」もしくは「Fond(フォン)」しか見当たらない。味の素の公式サイトによると、「ブイヨンは肉と香味野菜、ブーケガルニで煮出しただし汁です。コンソメは、ブイヨンをさらに肉と野菜で煮出して、コク、うま味、香りを強くし、塩などで味を調えたスープです」とのこと。
なるほど、コンソメはすでに完成されたスープ、ブイヨンは素材から出ただし汁そのもののことだと理解できる。
では、スープ売り場に行けばコンソメスープが売っているのかと思いきや、「Veloute(ヴェルーテ)」とよばれるポタージュ系スープしか見当たらない。そして唯一、それらしいと思われるオニオングラタンスープはあったものの、「コンソメスープ」と表記しているわけではない。
これは筆者の推測の域を出ないが、フランスでは一般的に、「コンソメ」というスープないし言葉が、ポテトチップスのフレーバーにするほどのなじみのあるものではないのかもしれない。
それではなぜ、「コンソメ」味が日本人の定番なのか。筆者がコンソメ味のポテトチップスで好きなブランドは、昔からずっと「コンソメパンチ」だ。発売元であるカルビーの公式サイトによると、「『コンソメパンチ』は、『うすしお味』『のりしお』に次ぐ3番目のフレーバーとして1978年に発売された」とのこと。発売から今年で42年も続くロングセラー商品だ。
ずっと気になっていた「パンチ」については、当時の流行語「パンチがきいている」が由来となっているらしい。「パンチ」は「元気のよい」「勢いのある」という意味で使われていたため、強く印象に残る新商品を発売したいという思いから「コンソメパンチ」と名付けられたそうだ。このマーケティングは、大成功だといえよう。意味を知らずとも「コンソメといえばパンチ」で、私をはじめ、おそらく多くの日本人の脳裏に刻み込まれている。
さらに深掘りしてみよう。カルビーのお客様センターによると、「コンソメ 」味の商品化にあたっては、「米国で人気だったバーベキュー味をヒントに、日本人に合うテーストを探して、フランス料理の定番、肉や野菜を煮込んだコンソメスープに行き着きました」とのこと。加えて、「味のキレを良くし、お客様に食べ進めていただけるようにするため酸味を加えることにし、酸味を複数検討した結果、ウメが味の切れに効果があったため、ウメを採用するに至りました」。
あのやみつきになる味の秘密は、「ウメの酸味による味の切れに」あったのだ。『大辞林』(三省堂)から「パンチ」の意味を引用すると、「ぴりっとしたところがあり,人に痛快な印象を与える力」とある。まさにこの「ぴりっと」が「ウメ」だったのだ。
だが、ここで新たな疑問が湧いてくる。筆者のフランス人配偶者はサラダやポテトチップスにはビネガーをどばどばかけるのに、同じように酸っぱいウメは苦手だ。そしておそらく多くのフランス人もウメにはなじみがない印象を受ける。日本人には、ウメに対する何か特有の味覚のようなものがあるのだろうか?
そこで、在フランス日本大使館の元公邸料理人、日仏の食文化に精通する和食料理人の有川海渡さんに聞いてみた。有川さんは「確かにフランスでは食材としてウメを使うことは少なかったです。梅干しは和食では主にイワシやサバなどの青魚に使うことが多く、梅干しの酸味は青魚の独特な匂いとの相性がとてもよいので、青魚特有の臭みもとれ、食べやすくなります。味が強い、香りが強いものにウメは相性が良いのです」と話してくれた。
さらにこう続ける。「私は五味(甘み、塩味、酸味、苦味、うま味)がバランスよく入る料理を作るよう、心がけています。例えば『ぬか漬け』。野菜(甘み)、塩(塩味)、発酵による酸味、コンブなどのだし(うま味)、それらに加えてトウガラシ(辛み)というように色々なものが入っているけれど、ただ塩辛いわけでも酸っぱいわけでも辛いわけでもなく、色々な味がバランスよく調うことによって、一つの味を形作り、それがおいしいのです」。
なるほど、コンソメ の「うま味」だけでいいというものではない、大切なのは味の「バランス」ということか。日本人とウメの関係については、「島国で魚を食べる文化があった日本人が、保存食で作っておける梅干しを合わせることは、長い歴史の中で必然だったのではないでしょうか。ウメの味は日本人のDNAに刻まれているものの一つで、魚に限らず、梅干しを隠し味に使うことで、日本人が本能的に安心感を感じるのではないかと思います」(有川さん)。日本人が脈々と受け継いできた、島国ならではの「魚×ウメ」の食文化が、日本人のウメ好きにつながっているのだろう。
さて、ここまでコンソメ味について考えていると、フランスにないコンソメ味のポテチが無性に恋しくなるのは想像に難くない。そこで筆者は、パリの自宅の小さなキッチンで、自家製コンソメパンチを作ってみることにした。
コンソメパウダーは、ブイヨンのキューブを削ればいいのだが、問題はウメパウダーだ。梅干しそのものはあるけれど……。ふと思い付いたのが、ふりかけの「ゆかり」。成分表を見ると、ウメそのものではないが「梅酢」が入っている。ブイヨンキューブを削って味見すると、これは予想通り、慣れ親しんだ洋風だしの味だ。そこにゆかりをはらりと加えてみたところ、たしかに味に抜群のキレが!! やめられない、止まらない、コンソメパンチ風パウダーが出来上がった。
フランスでもコロナ禍の巣ごもり生活が続いているが、自作のコンソメ味のポテチで当分楽しく元気に過ごせそうだ。
(*記事内のフランス語のアクセント記号は表示していません)
(パリ在住ライター ユイじょり)
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