作家・森見登美彦の新境地 上田誠の舞台作品を小説化
どこかレトロな雰囲気の日常に、ちょっとした異世界感を紛れ込ませた作風で人気の森見登美彦。最新刊「四畳半タイムマシンブルース」は、2005年に発売した「四畳半神話大系」の続編で、アニメ化作品の人気も高い京都発の劇団・ヨーロッパ企画(主催・上田誠)の人気舞台「サマータイムマシン・ブルース」を「四畳半神話大系」の世界観に置き直した、コラボ小説だ。
「上田さんの舞台はここ7~8年は見に行っていて、ユーモアの部分やSF的なギミックがあるのに日常的な感覚から離れないところに親近感を抱いていました。アニメ化の脚本でお世話になってばかりだから、逆に上田さんの脚本を小説化したいという話を4~5年前からしていました」(森見氏、以下同)
今回の「サマータイムマシン・ブルース」は「単純に舞台として面白かった。この演劇を原案に僕の小説で書くなら学生たちが複数出てくる『四畳半~』だな」とコラボが具体的に進んだ。展開を確認するために演劇のDVD映像を繰り返し見ながら書き上げていった。
「小説では再現できない部分をどう補うか。主人公の内面を膨らませたり登場人物の行動範囲を広げたりと小説だからできる世界の広げ方を模索するなど、書き進めるのは楽ではなかった」とは言いつつも「想定していた以上に『四畳半~』の世界になりました」と、満足げな表情を見せた。
「小説を書いていると、いろいろ迷いすぎて袋小路に入ってしまうことが多くて。今も連載を終えた作品の単行本化でぐるぐるして止まっていて……」と吐露する。
「今回は、上田さんの作ったストーリーがあったおかげで袋小路へ迷い込まずに済んだと思っています。上田さんの舞台の小説化は、もっとやっていきたい。といっても悩まなかったわけではないですし、これはこれで大変で……。小説を書くとき、自分がワクワクできるか、新鮮に感じられるのかが大事。どういう形やコンセプトであれば書けそうか、悩みます。『あれも書きたい』『これも書きたい』とアイデアがどんどん湧いてくる人間でもないですし、多趣味でも好奇心旺盛でもないので、書きたいものはある程度書き尽くした、と思ったりもします」
「できれば、読者にも面白がってもらいたいけれど」と前置きしつつも、「自分自身がワクワクしたり楽しむことができていないと、物語を完成させられない。読者受けの側からは、書く動機はスタートしない」とキッパリ。それ故に書けない時期は定期的に訪れる。だが、舞台作品を小説化する今回の試みは、森見にとって1つの転機になったといえそうだ。
「自分の中では前作の『熱帯』(18年)までで1つの時期が終わり、小説家としての第3期の1作目が今作だという気がしています。今までは悩みすぎたのでもっと自由に、重くならずに書いていきたいと思います」
(「日経エンタテインメント!」10月号の記事を再構成 文/土田みき 写真/迫田真実=KADOKAWA=)
[日経MJ2020年10月2日付]
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