俳優・高杉真宙さん 母から学んだ甘える勇気

たかすぎ・まひろ 1996年福岡県出身。2009年に俳優デビュー。12年に映画初主演。テレビドラマや映画、演劇など多方面で活躍。12月から松井周・脚本、柄本明・演出の舞台「てにあまる」に出演予定。
たかすぎ・まひろ 1996年福岡県出身。2009年に俳優デビュー。12年に映画初主演。テレビドラマや映画、演劇など多方面で活躍。12月から松井周・脚本、柄本明・演出の舞台「てにあまる」に出演予定。

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は俳優の高杉真宙さんだ。

――男3人兄弟ですね。

「両親と弟2人の5人家族です。年齢が近かったこともあり互いに呼び捨てで、取っ組み合いのケンカに明け暮れる毎日でした。にぎやかというよりは騒々しく、両親も大変だったろうと。でも、怒られたことはなく、細かいことはとやかく言いませんでした。その分、食事時のマナーやあいさつ、言葉遣いなど礼儀作法には厳しかった」

――中学2年生で単身上京しましたね。

「小学校6年生のときに出掛けた花火大会でスカウトされました。芸能界については何も分からず、中学1年生までは地元福岡と東京を行き来していました。事務所から東京で本格的に仕事をしないかと母親に電話が掛かってきたら、受話器を僕に渡すんです。『はいっ、自分で決めなさい』って。泣きながら対応したことを覚えています。僕が親なら心配で、絶対に口を出してしまう。母は腹が据わっているんでしょうね」

「何かするときは選択肢があり、自分で決めて物事を進めていくわけです。自由に育ててもらったことは間違いありませんが、放任でもない。子供を認め、見守り続けることは楽ではなかったはず。おかげで、考えて行動することが楽しくなりました」

――相談相手はお母様。

「上京した当初は家族との距離をとっていました。ちょっと背伸びがしたかったのかな。でも、仕事や新しい環境に慣れるとその分、悩みやつらいことが増えてきます。2、3年目だったと思います、仕事がうまくいかず母に電話をしました。相談ではなく、不平不満、愚痴をぶつけました。黙って話を聞いていた母は『あなたには帰る場所があるでしょう』とひとこと」

「どんなことがあっても家族が味方でいてくれる、と感じました。頼れるものがあれば、頑張れる。自分も頼られるような人間になろうと意識し始めたのもこのころです。ときには悩むことも必要ですが、誰かに助けを求めることは悪いことではない。答えが出なくても話をすることでスッキリした気持ちになります。母は甘える勇気を教えてくれました」

――理想の家族像は?

「いろいろな形があるのでしょうが、一番大切なのは信頼関係ではないでしょうか。信頼したら最後まで信じる、信頼されたら期待に応えることが必要です。家族だからこそ、絶対的な信頼関係でつながっていると思います」

――家族とはどんな会話をするのですか。

「いろいろなことですね。仕事の話は一切しなくても、帰宅すると『あれ、よかったよ』と。両親や弟からの言葉は一番の励みです。コロナ禍でしばらく帰省していませんが、母とは電話で、弟たちとはネットゲームでつながっています」

[日本経済新聞夕刊2020年9月29日付]


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