一目見ただけではとてもドトール・日レスホールディングス(HD)傘下の店とは思えない。「神乃珈琲」の3店舗は、それほどまでに同社では異色の存在だ。メニューも意匠も凝りに凝った最高級業態。運営の責任者は同HD取締役・ドトールコーヒー常務で、同社随一のコーヒー通でもある菅野真博さんだ。自らの知見と思いを注ぎ込み、近年の流行とは一線を画すテイストに仕上げた“非日常空間”は、コロナ禍にも負けず幅広い層の客を呼び込んでいる。
2016年9月に開業した1号店「Factory&Labo神乃珈琲」(東京・目黒、以下目黒店)はモダンなガラス張りのスケルトン構造。1、2階の客席からは吹き抜けの焙煎(ばいせん)室を見通せる。金属と木材を配したしつらえが工場や研究室の雰囲気を醸し出す。一人掛けのソファにはゆったりと自分の時間に身を沈める客の姿がある。
決して立地は良くない。東急東横線の学芸大学駅から徒歩で約10分。幹線道路に面しながら専用駐車場もない。菅野さんはこう振り返る。
「開業当初は大変でした。でも店頭の売り上げは一度も落ちていません。コロナの緊急事態宣言の間も営業しましたが、朝の開店時にはテレワークのお客が店の前で待っていました」
神乃珈琲が掲げる主題は「日本人による日本人のための珈琲」だ。外来ブームである「サードウエーブ」なにするものぞ、というオリジナリティーを強く意識した。それは店構えにも品ぞろえにも反映されている。
数億円を投じた目黒店は開業後、追加投資して植栽や石灯籠の設置など「和」の体裁を整えた。17年開業の銀座店(東京・中央)は重厚でシックな内装、18年開業の京都店(京都市)は町家風ファサードに高級寝台列車風の客席で、いずれも「和」のテイストを随所に織り込む。
今の看板商品は対照的な風味の2種類のオリジナルブレンドだ。「陽煎(ひいり)」は爽やかな酸味のモカ・イルガチェフ、香ばしい中深煎りの「月煎(つきいり)」は希少なエルサルバドル産ティピカ種の豆がベース(目黒店はともに税別500円)。豆にこだわるカフェの多くはスペシャルティコーヒー系のシングルオリジン(単一農園で生産した豆)を前面に打ち出すが、神乃珈琲はあくまでもブレンドを主軸に据える。それは菅野さんが、1杯150円のブレンドで市場を席巻したドトールのDNAの持ち主ゆえだ。