なぜ人の脳は地図を誤解するのか 南米は本当はどこに
人は、頭の中に世界地図をもち、地球上の場所を思い浮かべる際には、その地図を参照してイメージする。ただ、この「頭の中の世界地図」は正確無比というものではない。たいていの人の頭の中の世界地図は同じように間違っていて、簡単に修正することができない。
具体的な例を挙げてみよう。例えば、誰でも南アメリカが北アメリカの南にあることを知っている。でも、実際の南アメリカ大陸のほとんどが米国の南東にあるフロリダ州よりも「東」に位置していると聞けば、意外と思う人がほとんどだと思う。
それくらい私たちがイメージする世界地図と、現実の世界地図との間には違いがあり、こうした地理的な勘違いにもそれなりの理由があると、地図製作者のジョン・ネルソン氏は言う。
ネルソン氏は「頭の中の地図は詳細なものではなく単純化されたものであること。また、南北アメリカ大陸の位置関係を思い違いしている原因は、名称も一因だ」と考えている。南アメリカがもし「南東アメリカ」と呼ばれていたなら、もっと正確に南アメリカ大陸の位置を把握できていたかもしれない。
ネルソン氏の父は、米セントラルミシガン大学の地理学の教授だった。教授は、1992年に、同僚たちと共著で地理的な勘違いについての論文をまとめていて、高校で地理を教えていたネルソン氏の母もこれを手伝っていたという。「わたしが小さいころ、夕食の席でこの論文について両親が話をしていたのを覚えています」(ネルソン氏)。同氏は最近、父らがまとめた論文を読み返し、先ほど例に上げた南北アメリカの関係性をはじめ、地図に関する3つの勘違いを解説するウェブページを作った。
大陸の位置関係の勘違い
位置を誤解されがちな大陸は、南アメリカ大陸だけではない。同じように、アフリカ大陸も誤解されたイメージが頭の中に定着している。特に北米の人は、アフリカ大陸は南アメリカ大陸と同じように、大陸のほとんどが南半球にあると考えがちだ。実際には、アフリカの約3分の2が赤道よりも北に位置している。
多くの米国人は、ヨーロッパが実際よりもはるか南にあると頭の中の世界地図で認識していて、米国本土から大西洋を挟んだ真向かいにヨーロッパがあると考えている。事実を見ると、英仏などのヨーロッパと近い緯度にあるのは、米国というよりカナダのほうだ。パリはモントリオールよりもはるかに北にある。米国と同緯度なのは、バルセロナでようやくシカゴ、ベネチアはオレゴン州ポートランドとなる。
この件に関してネルソン氏は「気候が関係しているのではないか」という。西ヨーロッパは、メキシコ湾流のおかげで緯度が高いわりには比較的温暖だ。この海流はメキシコ湾から暖かい海水を大西洋の向こうへと運び、ヨーロッパにいわゆる地中海性気候をもたらし、一帯の気温はカナダよりも米国本土に近い。
このように誤解してしまうのは、人は東西南北の4つの方位に単純化して覚える傾向があるためだ。それが頭の中の地図にも反映されて記憶されるようだ。つまり、北米に暮らす人にとっては、ヨーロッパは東に、南アメリカは南にあると考えると理解しやすいというわけだ。
ブラジルはカナダよりずっと小さい?
頭の中の地図が勘違いしていることはまだある。相対的な大きさについても、誤解が多い。この原因は一つに、見慣れた2次元の地図にある。そもそも、球体をしている3次元の地球を平面に表現しようとすれば、どうしても歪みが出るので、これは仕方がない。
顕著なのが、特定の投影法(地球のカーブした面を平らな地図上に表現する方法)を利用した地図――メルカトル図法で描かれた地図だろう。この地図は、20世紀の学校では決まって教室に貼られていたこともあり、見慣れた地図だ。
メルカトル図法の地図は、極地周辺にある大陸の形状と相対的な大きさがズレてしまう。例えば、グリーンランドが南アメリカ全体と同じくらいの大きさに見えるのはこの図法で描かれているためだ(実際には南アメリカ大陸の8分の1の大きさしかない)。
グリーンランドの大きさのほかにも、意外な矛盾点はいくつも存在する。北米アラスカは、メルカトル地図では巨大に見えるが、実際はリビアよりも少し小さい程度の広さしかない。また、ブラジルは地図上ではさほど大きく見えないが、現実には米国やカナダより少し小さいくらいだ。
世界を2次元でとらえることは「地球上のある場所から別の場所に、どう移動するのが効率的かという判断にも影響を与えます」と語るのは、米ペンシルベニア州立大学の地理学者アンソニー・ロビンソン氏だ。平面の地図で米国の首都ワシントン特別区から中国の上海まで線を引けば、真っすぐ西へ向かって合衆国と太平洋を横切るルートが最短のように見える。
しかし「北極を通るルートの方がはるかに距離は短いのです」(ロビンソン氏)。理由は、地球儀を見れば明らかだ。同氏も何度も飛行機でアジアを訪れているが、米国からアジア方面に向かう飛行機でパイロットが航空路を案内すると驚く人の姿を幾度も見たという。
脳に残る強固な記憶
地理に詳しくない人が、こうした勘違いをすることは不思議ではないだろう。ただ、真実を知った後も、頭の中には誤りが強く残る傾向にあることは留意すべきだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタラクティブ・デザイナーで、地図製作者のディラン・モリアーティ氏は「人間の頭の中の世界は、基本的に地理を要約して覚えるためだろう」と語る。
頭の中の地図は、次のページで紹介するニューヨークの地下鉄の地図のように単純化されているというのだ。「うまく要約して記憶した地図のほうが、便利で実用的ですからね」(モリアーティ氏)
ロビンソン氏は「おそらく、わたしたちの物理的な経験も影響しているのでしょう」と話す。「空間と時間を観測する人間の知覚の限界と、わたしたちが常にその知覚を混乱させているという事実の両方が関係しているのだと思います。例えば、わたしたちがテクノロジーや便利な交通手段などを用いることで、空間的にも時間的に本来のものから圧縮されてしまいます。つまり現代は、空間や時間が、世界を正確に把握する要素として役立たなくなってしまうのです」
専門家でさえ、こうした頭の中の地図の誤りの影響を免れることはできないようだ。頭の中の世界地図に関する1985年の研究では、地理学者でも、北アメリカとヨーロッパの都市の相対的な緯度について、一般の人たちと同じ勘違いをしていたことが分かっている。
事実、取材に協力してもらった地図製作者も例外ではなかった。ネルソン氏も、南アメリカ大陸が自身の想像よりも「東寄り」に位置する事実に驚いたという。「地図を見返して、これは本当だろうかと考えてしまうのです。もちろん本当であるに決まっているのですけれどね」(ネルソン氏)
次ページでも、地理的な真実と私たちの思い込みのギャップを、実際の地図で確認してほしい。たとえ間違えていることが分かっても、あなただけではないので、安心してほしい。
(文 BETSY MASON、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年9月20日付の記事を再構成]
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