年齢はジョークみたいなもの 今を楽しむ秋吉久美子氏

――若い時から言動に一本芯が通っていました。ただ、独特な早熟の魅力が、時に生意気だともとられました。

「女子高生の時に出演した『旅の重さ』ではまさにアイドルで、好感度がすごく高い少女だったのです。でも、女優の仕事にプロとして向き合い始めてからは、もう好感度はいいや、となりました。後で写真を見るといつもニコニコ、純情そうな表情ですが。私が生意気と言われていたのは、誰にもおもねっていなかったから。あのころの社会は、機嫌悪くてもおもねっているのがいい子。私は機嫌いいけどおもねらず」

いつかは死ぬ、だけど充実して生きよう

――福島県立磐城女子高等学校(現・福島県立磐城桜が丘高等学校)で文芸部の部長だったそうですね。

「本が大好きで。小さい時に世界文学全集で純文学デビューして、推理小説、時代小説、官能小説まで読みあさって。あの読書量は今じゃ無理でしょうね。中学校の時、『チャタレイ夫人の恋人』を授業中に読んでいて先生に取り上げられ、得意満面で職員室に取り返しに行ったこともあります。私は小さいころから体制的な上下が分からなくて。人間的な上下は分かるのですが、先生だから上、生徒は下とは考えませんでしたから」

道半ばだっていい。何かをなし遂げようと生きること。句点が打てなくたっていいんです

――映画の世界に入って組織のヒエラルキーに驚きましたか。

「いままで私はどれだけ自由に生きていたのだろうと、びっくりしました。でも、すぐに本来の自分に戻って、つまんないこと気にしているな、と考えるようになりました。物事は何でも本質を見るのが大事なはずです。昔、『個人教授』という映画で、主人公の高校生を演じたルノー・ベルレーが哲学の授業を受けるシーンがありました。ゼノンのパラドックスがテーマ。A地点からB地点に行くまで、まず真ん中のBダッシュを通らなければいけない。その半分に行くためにB2ダッシュを通る、と考えると、A地点とB地点の間には無限のダッシュがあって永遠にたどり着けない、という理論。これはいい授業だ、と感じました」

「本来なら、まずは目的をしっかりと心に刻む。ありとあらゆる風評は、いわばBダッシュ、B2ダッシュで、永遠にBにたどり着かせないための障害だと考える。大事なのはまずBに行き着くこと。でも日本人の場合、Bに行き着く前に、B2ダッシュにばかり気を取られてしまう。バラの花を飾るのに、カスミソウの枝ぶりばかり気にしているのと一緒ではないでしょうか」

――映画や本で多くを学ばれていますね。最近の気付きは。

「新型コロナで閉塞感を味わうなかで、生死の意味は、その長さによらないのではないかなと思いいたるようになりました。吉田松陰が留魂録(りゅうこんろく)で語っていますけど、短い長いに関係なく、信じる道を、その時間をどう生きるかが大事なのだと。今、みんなが目隠しをされているみたいに、ヨーロッパではまた若者が死んだらしい、とか、きょうは感染者が180人ですって、とか、話題がそればかり。生きる意味ではなくて、数字とか情報だけですよね。もう少し意味の方に立ち返ったらどうでしょう。いつかは死ぬ、だけど、充実して生きようとか、自分を失わないで生きようとか、何か意義のあることをやって生きようとか、そっちの方が大事」

――昔の映画を見て現代を予言していると感じることがあるとか。

「『ブレードランナー』だって雨の種類といい、景色の闇といい今に通じますし、『未来世紀ブラジル』も現代にそっくり。まあ、そうした予言が現実化する危惧は危惧としてあっても、ありがたいことに人間には寿命があります。今を喜びに喜んで生きればいいんじゃないかと思います」

(松本和佳)

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