一命をとりとめ、病院に通っていたが、個人に合わせてうまく痛みを改善できるような指導は行われなかった。祖父もリハビリをやりたがらず、1年ほどで悪化して亡くなってしまった。

「もっと早くに適切な動作指導が必要だったのではないか」と高久さんは悔やむ。それが、個人の動作に対して個別にアプローチ、指導することの大切さにつながり、高久さんの理念の根幹になっている。

2つの出来事が折り重なり、高久さんを突き動かす「生まれてから死ぬまでの瞬間の全ての動きの指導、サポートしたい」というミッションが形作られていく。大学入学当初は教員になろうと思っていたが、部活の指導ではかかわる人数が限られてしまう。もっと多くの人に適切な指導ができるよう、在学中に起業の意思を固めた。

在学中は健康管理アプリを展開するFiNCテクノロジーズ(東京・千代田)の代表取締役室でインターンをしながら実際のビジネスを学んだ。パソコンの操作はできたものの、プログラミングなどは初心者。最初は何もできず戸惑いがあったものの、資金調達やデジタルマーケティング、共同プロジェクトのマーケティングなどを担当し、今も法人営業に生きる経験を積むことができた。可能なことだけやるのではなく、理想を掲げてそこからどう落としこんでいくか。「できるかできないかではなく、やるかやらないか」という姿勢でチャレンジすることの大切さを学んだ。

「趣味はスタートアップ」

高久さんが考える自分たちの強みは、「豊富なデータと指導のレベル」と自負する。筑波大学と共同研究を行っているので膨大なデータを持っており、その独自のデータを使って、分析・指導まで自社内で完結できる。

昨年、エドテックのスタートアップのコンペ「GESA」日本予選で優勝した=スポーティップ提供

6月には約6千万円の資金調達も行った。第三者割当増資の引受先はマネックスグループのVC(ベンチャーキャピタル)とデポルターレ・パートナーズなどだ。デポルターレ・パートナーズは元陸上選手の為末大さんが代表を務めるVCで、スポーティップが投資第1号案件となる。投資家は口をそろえ、真面目な起業家と評価する。「(高久さんの)趣味はスタートアップだね」と言われるほどだ。実際、創業してから一日も休まず働いているという。

ただ、業務も拡大するにつれ、課題も出てくる。社員数は3人で、高久さん以外はエンジニアだ。現在営業はトップである高久さんのマンパワーによるところが大きく、「再現性が課題」という。今後は採用を強化しつつ、ノウハウなどを共有する体制をしっかり作っていくのが重要だと考え、少しずつ形作っているところだ。

特に学生のときは、その身分が壁となり、採用では苦労した。気になった人にはSNS(交流サイト)で直接メッセージを送って誘ったが、反応がないことも多かった。去年の冬からはスタートアップ関連のコンテストに積極的に参加したところ、最近では「コンテストのプレゼンを見ました」と言って応募してくれる人が出てきた。

「AIがスポーツ指導をする世界がくる」

今年から動作解析のみならず、身体の内側に関わる研究を始め、将来的には「あなたは○○を摂取するとダイエットの効率が良い」など、その人の体内のデータも掛け合わせたアドバイスも可能となるという。

矢継ぎ早に開発を進める高久さんはどんな未来を見ているのか。

「人間はより高度な業務、コーチングに集中すべきだ。当社は、人間のコーチが担っていた動きのティーチングを担うソフトウエアを提供したい。今後ロボティクスとの融合によって人間の無駄なコストを削減し、高度なスポーツ指導・リハビリ指導が誰でも受けられる世界が来ると信じている。その根幹を担うAIを作っていきたい」。ロボット開発は他社と連携が必要ではあるが、今はその中枢となる「脳」の部分を作るという意識でソフトウエア開発を進めている。

「どんな人でも、生まれてから死ぬまでたくさんの動作をする。それを個人に合わせてサポートすることができれば、多くの人が幸せの生活を送れるはず」。悔しさが出発点だったが、今はミッションに変わった。そのミッションをエンジンにして走り続ける。

(ライター 天明麻衣子)

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