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室内に人工宇宙と電波望遠鏡 「星の進化論」ミニ実験

理化学研究所 主任研究員 坂井南美(4)

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NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版
 文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回転載するのは理化学研究所の坂井南美さんに星や惑星のはじまりについて聞くシリーズです。壁と思ってぶつかったら幸運だった、そんな楽しいエピソードから、日本に理系の女性研究者が少ない要因の分析まで、地上の話題も豊富。U22世代への熱い思いも放射されます。

◇  ◇  ◇

天文学者である坂井さんは、意外なことに、化学の基礎分野である分子分光学の実験室を持っており、日々、運用している。

天文学的な研究のために、化学物質が出すスペクトル線のデータベースをみずから作るのが目的だ。大きな目標のためにいったん膝を折って力をためるような地味な営みだとぼくには思える。

坂井さんに案内してもらって、その実験の現場を見せてもらった。

実際に行われていることは、やはりひたすら地味であることには違いないのだが、坂井さんの解説を聞いていると、ちょっとすごいことに気づいてしまった。

坂井さんは、実験室にALMAを持っている。

世界最大で最強の電波望遠鏡(干渉計)ALMAのミニ版がここにあって、実験室に再現された人工のミニ宇宙を日々観測している。つまり、これは実験室的な電波天文観測だ。

ぼくはそのことに気づいた時、大いに感じるものがあったので、今回はそこから話を始めよう。単に感激するだけではなく、電波による天体観測について理解を深めることもできたので、共有するに値すると思う。

坂井さんに導かれて入ったのは、居室を出てから廊下を歩き1分もかからない実験室だ。少し外からでも、真空引きのポンプがリズミカルな音を立てて響いており、何か特別なことが行われている雰囲気を漂わせていた。

部屋に入って、まず目につくのは、直径10センチメートル、長さ2メートルの透明なシリンダーだ。ガスセルと呼ばれており、これが、ぼくが言う「人工のミニ宇宙」である。

この中はほぼ真空に保たれ、ほんの少しだけ測定対象のガスが封入されている。ぼくが訪ねた時には、宇宙のあちこちにあって様々なスペクトル線を出すメタノール(メチルアルコール)の測定を行っていた。それもただのメタノールではなく、中の炭素が、通常よりも少し重い炭素13という同位体に変わっている特別なものだ。実際の宇宙にもごく微量そのような同位体分子があって、通常の分子とは少し違うスペクトル線を出す。ALMAの感度、解像度では、それらまで拾ってくるので、きちんと調べておかなければならない。

「メタノールの同位体分子だけでも、炭素が炭素13になったものや、水素が重水素になったものなどがあります。そこで、エンリッチドサンプルという、同位体を濃集させたサンプルが売られているので、それを使って実験室で測定しているんです。細かいところまで全部見て、最終的にこれがメタノールファミリーのスペクトル線ですと出せれば、観測データと直接比較ができて、雑草、ウィードからまとめて差っ引けるようになるかもしれません。あと、メタノールそのものの存在量を出したい時などにも使えて、誤差が少ない分、存在量も温度もきちんと出せるようになります」

メタノール(CH3OH)は、炭素が1つで比較的簡単な飽和有機分子だからあちこちに存在しうる。CH3-のメチル基の部分は、とてもたくさんの種類のスペクトル線を出すことで有名だし、CにもHにもそれぞれ同位体が存在するのだから、おびただしいバリエーションが想定できる。それらをひとつひとつ見ていくというのは本当に地道なことだ。

「私たち、分子分光学者ではないですが、有利な点があって、幸いにして電波望遠鏡の受信機をつくる方はプロなんです。いわゆる分子分光装置ではなくて、望遠鏡の受信機を室内にそのまま置いて、ガスセルに欲しいガスを入れて、そのまま観測してしまえばいいんです。普段は、空を観測して、分光してデータを得ているわけですから、同じですよね」

へぇっと思った。

坂井さんが指差した受信機は、実はALMAに使われているのと同タイプのものだという。つまり、この受信機がミニALMAだというのは、そういうことだ。

そして、ガスセルは人工ミニ宇宙(あるいは、人工の星間分子雲であったり、人工の原始惑星系円盤、であったりもするだろう)。

通常、宇宙を観測する時には、得られたデータをすべてを受け入れた上で、ああでもないこうでもないと検討することになる。しかし、ここは実験室なので、自分が知りたい物質だけを封入し、諸条件を変えて観測(測定)し放題だ。

封入するガスもそうだが、実は温度も大切だ。

「今、常温、つまり300ケルビンくらいと、ちょっとヒーターを巻いて400ケルビン(摂氏127度)ぐらいと、2通りの温度で測定しています。実は、私たちが関心を持っている惑星ができるようなところって、数百ケルビンぐらいの温度範囲なので、その範囲で2種類測ってあげると、よい精度で分かるだろうということで」

つまり、ガスセルの中のミニ宇宙は、さらに環境が特定されて、「惑星ができるようなところ」、原始星円盤のあたりを想定している。封入されているガスが発する微弱な電磁波を測定するわけで、受信する側の方式はラジオでおなじみの「ヘテロダイン受信」だ。ぼくたちが日々接している技術なので、とても親しみが持てた。結果はリアルタイムでパソコン画面に出て確認できる。

こういった人工ミニ宇宙をミニALMAで観測するシステムのことを、坂井さんたちは、SUMIRE(Spectrometer Using superconductor MIxer REciver) と呼んでいた。これは、国立天文台のすばる望遠鏡で、実施される予定の 「宇宙の国勢調査」 SuMIRe計画 (SuMIRe; Subaru Measurement of Images and Redshifts) と似ていてややこしいのだが、天文学や宇宙物理の世界において2つの「スミレ」が花を咲かせようとしていることは覚えておいてよいと思う。

実験室に滞在したのはほんの10分ほどだ。

多人数が歩きまわると、その振動や熱量、スマホなど電子機器の発するノイズなどが実験のデータに悪い影響を及ぼす可能性があるそうで、ぼくたちは早々に撤収して、坂井さんの居室に戻った。

分子分光学の装置を見たはずが、実は、電波天文観測のミニマムな形を見せてもらったようでもあって、それまでうかがった話がさらに見通しよく理解できたような気がした。

そこで、最後に、今後、坂井さんはどんなところを目指していくのか長期的なビジョンをまとめてもらった。

坂井さんは、ちょっと考えるような仕草をした後で、意外なことを口にした。

「19世紀の生物学者、エルンスト・ヘッケルが描いた生命の樹形図(系統樹)というのがありますよね」

ヘッケルは、偉大な解剖学者で、ダーウィンの進化論の熱心な擁護者だった人物だ。絵画的な才能に恵まれており、植物や、放散虫や珪藻類などを描いた細密な生物画をたくさん残している。それらは模写したものが美術品として壁に飾られていることもある水準なので、目にしたことがある人も多いはずだ。そんなヘッケルは、生き物の進化の道筋を樹木のように見立て、枝分かれしていく様を描く系統樹を普及させたことでも知られる。

天文学者の坂井さんの口からそのヘッケルの名が出てきたというのは、やはり化学進化にも、生命進化に似た部分があるというところだろうか。この点、本当に印象的だったので、冒頭に紹介した次第だ。それを繰り返そう。

「生命の進化って、環境の影響などを受けて、枝分かれしながら続いてきたわけですよね。私は、同じようなことが、宇宙、太陽系のようなものでも言えると思っています。何かしらのきっかけがあって、違った性質の星や惑星が、枝分かれしていくんです。その1つは、有機分子が飽和か不飽和かというところで大枝が分かれているんだと思うんですけど、その他にも、たとえば硫黄がちょっと多い天体とか、窒素がちょっと多い天体だとか、いろんなものがあって、結果、様々な星や惑星系が生まれてきているんじゃないかというふうにも思うんですよね」

本当に、原始星段階での化学的な組成がのちのちの惑星系の形成にどんなふうに効いてくるのかまだまだまったくの謎と言ってよい。生命の系統樹のように、星々の系統樹、化学組成の系統樹、があって、どのルートをたどったものが生命を育みうるのかというのは、「宇宙のはじまり」にも負けない究極のテーマだろう。

今のところ、坂井さんの見立ては、「地球で生命が生まれたのは、結構、奇跡的だと思っています」とのこと。宇宙的にめったに起きそうにもないことが、この太陽系で起きたのではないか、と。

ここで坂井さんの口から、ぼくとしてはさらに意外な言葉が飛び出した。

「ドレイクの式ってご存知ですよね。私、あの式に化学進化の側面が入っていないことが気になっているんです」

ドレイクの式というのは、アメリカの電波天文学者フランク・ドレイクが、この宇宙にどれくらい知的生命体がいるのかということを見積もるために提唱したものだ。もとはというと、電波による地球外知的生命体探し、いわゆるSETIの妥当性を考えるための計算式である。

これまで、坂井さんとの対話の中では、あくまで原始星の化学組成という面を中心に伺ってきた。もちろん、それが生命の誕生につながっていることは意識しつつも、知的異星人を標的にしたSETIまでは思いいたらなかった。しかし、考えてみれば、ドレイクの式は、何も知的生命専用というわけではない。最近では、宇宙の生命の起源を問う宇宙生物学の研究者が言及することもある。さらにいえば、坂井さんは電波天文学の研究者なので、そういう意味ではドレイクの同業者だ。

坂井さんがこの話題に言及したことで、ぼくの中で何かが、それこそ「化学反応」を起こした。原始星の化学組成の話は生命の起源に関係している話であり、つまり、ヒトのような知的生命の誕生にいたる長い道筋のすべてに関係しているのだ、と。坂井さんが言う宇宙の化学進化や星々の系統樹は、その先に、地球の生命進化の系統樹をそのまま接続できるものだ。時間スケールも空間スケールも違うけれど、地球の生命進化は宇宙の進化の一部だ。

そのような目でドレイクの式を見てみる。

ドレイクは同じ銀河系の中に交信しうる知的生命がどれくらいいるか見積もりたかったので、鍵となる7つの変数を列挙して、それらをかけ合わせた。7つの変数というのは、「この銀河系の中で1年間に誕生する恒星の数」や「ひとつの恒星が惑星系を持つ割合」「その中で生命の存在が可能な状態の惑星の数」「そこで実際に生命が発生する割合」……等々だ。

ここでたとえば、「生命の存在が可能な状態の惑星の数」は、単に液体の水が存在できる(ハビタブルゾーン)かどうかを考えることが多く、その惑星の化学組成はまったく問題にされていない。

「私は、化学進化の側面って、すごく重要なところだと思っています。たとえば、水がどれだけあって、大気がどんな組成でどれだけあるかといった違いで、惑星が温室効果ガスによってまったく別の環境になりうるわけです。じゃあ、原始星の段階で見つかった炭素鎖分子みたいなものが、のちのちに惑星ができる時に残っていて影響を与えるかというのは、まさにこれから見ていかなければならないところなんですけど、今、私の考えでは、かなり影響があるんじゃないかと思っています。これは、スペキュレーション、つまり、あてずっぽうで、科学的な根拠はまだないレベルですが。でも、予想が外れたら、それはまた楽しいんですよ」

坂井さんがこれまでの研究で何度も経験したように、予想とは違う観測が出てきた時というのは、しばしば、新たな発見の瞬間だ。

生命進化の根っこにある化学進化という大きな幹を、坂井さんがどこまでたどってつなぐことができるのか。わくわくする気持ちを隠すことなく語る坂井さんの熱がぼくにも乗り移ってきた。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年11月に公開された記事を転載)

坂井南美(さかい なみ)
1980年、高知県生まれ。理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員。博士(理学)。2004年、早稲田大学理工学部物理学科を卒業。2008年、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、助教に就任。2015年、理化学研究所准主任研究員、2017年より現職。2009年に優れた博士論文を提出した研究者に贈られる井上研究奨励賞を、2013年に日本天文学会 研究奨励賞を受賞。2019年には文部科学省の科学技術・学術政策研究所による「ナイスステップな研究者」に選ばれた。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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