著名投資家、千葉功太郎氏 麻布で学んだ自由と責任エンジェル投資家 千葉功太郎氏(上)

運動会も文化祭もあらゆる行事はすべて生徒の自治に任されていた。

「皆既日食観測ツアー参加のため1週間授業を休むと言っても担任は快諾してくれた」と振り返る

政府のように予算委員会や選挙管理委員会などもありました。各委員会内には様々な部門長、いわば「大臣」がいて、いずれも委員長が選びます。私も組織運営に興味があったので、文化系であったにもかかわらず、運動会実行委員会の一部門の副部門長を務めました。もちろん先生たちは一切関与しません。おカネのやり取りや管理も生徒がやります。天文部でも3年がかりで予算要求して20万円程度の天体望遠鏡を手に入れたりしていました。

私は子供の頃から天文観測にはまっていました。中学2年の2月に皆既日食の観測ツアーに幼なじみの親友と2人で参加しました。場所は小笠原諸島の父島よりはるか南の硫黄島近海の洋上です。ご存じのように小笠原には民間機では行けません。当時、定期船は東京港から父島まで片道29時間、週に1往復だったので、「1週間授業を休みます」と担任に告げ、快諾をもらい、観測に出かけました。他のツアー客は中高年の天文オタクのような人ばかり、中学生は私たち2人でした。

他の学校だったら、「ちょっと待って」といわれるかもしれませんが、麻布は自由、生徒の自主性を重んじる学校なので何もいわれません。鉄ゲタを履いてくるなとは言われましたが、髪や服装は自由だし、校則があったという記憶はありません。

高校生の頃は(学習塾の)公文やコンビニでアルバイトもしていたので、毎月1万~2万円の稼ぎはありました。昼になるとデリバリーというか、母親が近くのお店から熱々の料理を買って届けてくれたりしました。ローストチキンが好きで、自宅からナイフとフォークだけは持参し教室で食べていたこともありましたね。実は当時の自宅は現在の六本木ヒルズが建ったところにありました。麻布までは徒歩で約10分。一般のサラリーマンに交じり、学校を抜け出して六本木で人気のインドカレー屋でランチもしていました。

やんちゃな都会の進学校だったので、普通の先生では勤まりません。中学の時も授業をさせない様々な工夫というか、イタズラを仕掛けていました。教室のドアを開かないようにするとか、入っても上から何かが落ちてくるとか、黒板のチョークがないとか、他愛もないことです。生徒たちは先生に面白いリアクションを求めて、一種のコミュニケーションとしてやります。ボケとツッコミを楽しむわけです。私の同級生も麻布の教員になっていますが、今は見事ないじられキャラになっているようです。

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