日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/10/10

過去の観測から、金星の大気には思いのほか多くの紫外線を吸収している部分があることが明らかになっている。これは硫黄化合物による現象である可能性が高いが、それでも一握りの科学者は、雲の中に生命が存在する可能性を追求している。

たとえば微生物が硫黄化合物を代謝して、いつまでも消えることのない雲の中を漂い、高度の変化によって休眠したり目覚めたりするライフサイクルを形成しているのではと考えているのだ。

1990年代半ばからこのシナリオを支持してきた米惑星科学研究所のデビッド・グリンスプーン氏は「初めの頃は多くの抵抗に遭いました。これほど強い酸性の環境で、生命が存在できるはずはないと考えられていたからです」と話す。

だが最近では、この地球上でもあらゆる隙間に生物が暮らしていることがわかり始めている。高熱の温泉や火山といった極限環境でも微生物は繁栄し、雲の粒子の中やカリブ海の上空を浮遊する有機体まで発見されている。地球の雲は、現れてはすぐに消えるはかない存在のため、恒常的な生態系を支えるのは難しいが、金星では雲に覆われた日が何百万年以上も続いている。

今でこそ灼熱(しゃくねつ)の世界となった金星だが、かつては液体の海が広がっていたことが、これまでの観測から示唆されている。またその頃は、地球のような居住可能な環境が長い間続いていたとも考えられている。ところが、過去10億年の間に二酸化炭素が急速に増え、金星をオアシスから死の星へと変貌させてしまった。地表にすむことができなくなった一部の生物たちが、絶滅を回避するために雲の中へと移住したのだろうか。

生命が作り出す有毒ガス

2017年6月、英カーディフ大学のジェーン・グリーブス氏とその研究チームは、ハワイのマウナケア山頂にあるジェームス・クラーク・マクスウェル電波望遠鏡を使って、生物由来の可能性があるガスまたは分子を探していたところ、金星のホスフィンを検出した。ホスフィンは、3個の水素原子が1個のリン原子に結合して、ピラミッドのような形を成している。

そこでグリーブス氏は、マサチューセッツ工科大学の博士研究員クララ・ソウサ・シルバ氏に連絡を取った。今回の論文の共著者でもあるソウサ・シルバ氏は、ホスフィンが地球外生命存在の証拠となりうるかどうかを大学院で研究していた。そして、地球上で酸素を必要とする全ての生命にとって死に至る有毒ガスであるにもかかわらず、ホスフィンは生命存在を示す証拠のひとつとなるという結論に達していた。

次のページ
何ものかが補充し続けている