新種「ネオスパイスカレー」出現 経験したことない味
日本人のカレー熱は深くて幅広い。ベーシックな家庭のカレーから、こっくりと濃厚な欧風カレー、本格インドカレー、北海道生まれのスープカレー、そば店のカレーそばやカレーうどん、タイのグリーンカレー、5~6年前から定着しつつあるマッサマンカレーまで……。さすがにもう出尽くしたのでは、と思ったところで、また新種が現れているのをご存じだろうか。名付けて「ネオスパイスカレー」だ。
しかしカレーにスパイスを使うこと自体は当たり前で、新しさはない。が、このカレーをひと言で定義するなら「スパイス料理をおかずに食べるスパイシーなキーマカレー」とでも言えようか。何のこっちゃ、と首をかしげるかもしれないが、「スパイスカレー 東京」などと検索すると、このタイプのカレーを出す人気店はいくつも上がってくる。
そして今回紹介するのは、今、東京のネオスパイスカレー界で最も入店困難と言われる、東新宿の「サンラサー」だ。最寄りは地下鉄の新宿三丁目駅。明治通りから一本入った、雑居ビルの3階にある。見つけづらく、大変失礼ながら目立たない外観からは繁盛店であるように見えないが、メディアでもひっぱりだこの店である。
この店の圧倒的な人気ぶり、熱心なファンの多さはネットを数回見るだけですぐにわかる。「サンラサー」や「東新宿 カレー」で検索すると、鮮やかなカレープレートの画像とともに「こんなにおいしいカレーは食べたことがない」「従来のカレーの枠を越えた味」「食べる毎に胃袋が無限に広がる」「ついにカレーの河を渡ってしまった」(?)などの絶賛コメントが数え切れないほど上がってくる。また、気になるのが「ここのカレーを食べたら体が整った」「体調が悪かったのに食後、かえってすっきりした」と、来店後に自身の体への好影響をつぶやいている客の多いことだ。
テレビでも頻繁に取り上げられ、話題になっているのになんと営業は平日週2日(火・水、今後変更もあり)のランチのみ。しかもコロナ対策で席数や利用時間を制限しているため、さらに予約困難になっている。現在は午前11時から3時間、40分ずつ時間を区切っての完全予約制にして、1日24食限定で提供。予約は店主の有沢まりこさんのインスタグラム上で、営業前日の午後3時から受け付ける。この時間以前にフライングをして申し込むと即、却下。かなりハードルが高いが、このシステムが店の希少性を際立たせ、予約開始後30分でほぼ毎回完売するという。
サンラサーのメニューは決まっていて、「日替わりの定番キーマ」と「週替わりのカレー」で構成される。これを「どちらか1種」だと1000円、2種両方の「あいがけ」は1300円。これにアチャールという酸味と辛味の効いたインドの漬物や、炙(あぶ)りチーズなどもトッピングとして各種100~400円で追加できる(内容は日替わり)。両方のカレーとアチャール類を"全部乗せ"にしたスペシャルメニュー「わんぱく」1900円もある。「せっかく予約が取れたからには」と「わんぱく」を頼む客も多いそうで、今回の取材時もお願いした。
この日は定番キーマに「バイマックルーキーマカレー」(記事冒頭の写真、中央手前)、週替わりカレーは「タイ風ココナッツエビカレー」(右手前)。以下、左手前から時計回りに「レモンのアチャール」、ゴラカというスパイスと黒コショウ、フルーツを煮込んだ「砂肝のアンブルティアル(煮込み)」、トウバンジャンで辛味を付けた「中華ナスのアチャール」、スパイスと油で炒めた料理「鶏モツのピックル」「野菜サラダのマンゴードレッシングがけ」「万願寺唐辛子の甘酢漬け」を盛り付けている。
見た目も豪華だが、アチャール各種の味わいの深さ、「漬物」というが、スパイスを多用し酸味や甘味が複雑に組み合わされた味付けにうなる。肝心のカレーももちろんうまい。ひき肉のカレーの方が辛そうに見えてふんわりまろやかで甘く、逆にココナツミルクたっぷりのエビカレーは辛口。ごろっと具が入り、食べ応えも抜群だ。甘酸っぱいアチャールとカレーを混ぜ合わせて口に運ぶと、スプーンが止まらない。そのうち、じわじわと背中や顔から汗が流れて、スカッとする気分に。味や食感はたしかにカレーなのだが、食後のおなかの感じも含め、経験したことがないカレーである。
店主の有沢まりこさんは明るく気遣い抜群のお人柄で、常連や新規の客にも「まりこさん」と呼ばれ親しまれている。熊本出身、ご実家は地元で有名なラーメン店で、有沢さん自身も料理や食べることに関心を持ちながら育った。20代半ばで上京、著名なインド・スパイス料理研究家の香取薫さんに師事した後、新宿ゴールデン街で間借り営業を開始。最初は定食風のランチプレートを提供していたが、メニューを予告するとカレーの日に限って客が殺到することに気づき、カレー専門店を出すことを決意。2017年に現在の店をオープンした。
「今まで作ったカレーは『坦々胡麻キーマ』『花山椒ポークキーマ』やヴィシソワーズをアレンジしたものをはじめ約200種。天気や気温を考慮した、毎日異なるレシピを作っています。ゴールデン街時代のお客様が多く通ってくださり、長い付き合いなので、ある常連さんのその日の体調に合わせたカレーを皆さまに出してしまうことも。日本で食べられているバターチキンカレーやナンはインドの宮廷料理で、私が目指すのはそうしたごちそうではなく、大事な人の健康を気遣う、適量の"定食"です。スパイスも店には26種類常備していますが、1つのカレーに使うのは6~7種類にとどめ、体に優しい味に仕上げています」(有沢さん)。
確かにボリュームたっぷりなのに、腹にもたれず、あっという間に完食してしまう。「あとひと口で終わってしまう!」と嘆きながら食べ終える男性客も少なくないそうだ。
ちなみに店名の「サンラサー」は、インドの古代言語、サンスクリット語で「サン=集まる」「ラサ=味」から取ったもの。「いろいろな人が集まる場所にしたい」という願いと、「いろいろな味を集めて、食べる人の健康を作りたい」という有沢さんの思いが込められている。
以上、ネオスパイスカレーの人気店を紹介した。脂肪分やスパイスの刺激感はほかのカレーと同じくしっかり感じるものの、野菜のおかずが多いからか、腹にたまる圧迫感はなく、逆に「あともう少し食べられる」という余力を残して完食できるのが不思議だった。
スパイスで汗をかいてシャキッと体が整う感覚は、サウナのようで快感でもある。ジャガイモとニンジンを使ったニッポンカレーしかり、インドにはないオリジナルカレーがまた日本に根付くのかもしれない。サンラサーにどうしても行きたい人は、店の予約に挑戦するもよし、またこちらもすぐ完売になるが、店に行けない人はオンラインで冷凍カレーも入手可能だ。
※価格はすべて税込み、有沢まりこさんの「沢」は旧字体
(フードライター 浅野陽子)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。