横行する10代少女の人身売買 インド・バングラの闇
性的搾取を目的とする人身売買は世界的な問題で、何百万人という子どもたちが被害に遭っているという。ナショナル ジオグラフィック10月号では、拉致されたり、だまされたりして、売春を強要される児童売買の現状をリポートしている。
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人間社会にはびこる悪行のなかで、子どもに売春を強いることほど、忌まわしいものはない。正確に数字を把握することはできないが、未成年者の性的搾取を目的とした人身売買が世界中で横行し、数千億円規模の産業になっていることは間違いない。
この問題でよく引用される国際労働機関の調査によると、2016年に性的搾取の犠牲になった子どもは100万人を超えているという。児童売春の実態把握が困難なことから、実際の数はもっと多いとも言及されている。国連薬物犯罪事務所が出した世界の人身売買に関する報告書の最新版では、各国が報告した人身売買の被害者の数は、10年は1万5000人未満だったが、16年は約2万5000人近くまで増えている。
だが、これらの数字は氷山の一角にすぎず、被害のほとんどは表面化していないと考えられる。被害者が増加したのは、取り締まりの強化が関係しているかもしれないが、研究者は背景にある冷酷な現実を指摘する。売春目的の子どもの売買を含め、人身売買は確実に増えているのだ。
米ジョージ・メイソン大学で公共政策を専門とするルイーズ・シェリー教授は、「まさに成長産業です」と話す。
こうした子どもの人身売買と無縁の国は、事実上皆無といっていいが、特にいくつかの地域がこの忌まわしい行為の中心として浮上しつつある。サエダとアンジャリが育ったインドの西ベンガル州と隣国のバングラデシュだ。この二つの地域は2250キロの国境線で隔てられているが、共通の文化や言語で結びついていて、毎年何千人という少女が売られ、性的奴隷にされている点でも共通している。
完全ではないものの、報告されている数字や推計から取引規模の大きさがうかがえる。インドの国家犯罪記録局によると、2010~16年に国内で報告された人身売買3万4908件のうち、西ベンガル州での取引が4分の1近くを占めていた。人口が国全体の約7%でしかない同州にしては、あまりにも割合が大きい。西ベンガル州で行方不明になった子どもの数は、17年だけで8178人。これはインド全体の8分の1近くになる。かなりの数の少女が売春宿に売られると見て間違いないだろう。
さらにひどいのがバングラデシュだ。政府の推定では、毎年5万人の少女が、インドや、インドを経由して他国に売られている。その上この数字には、バングラデシュ国内で売られ、売春を強いられる少女たちの数は含まれていない。
西ベンガル州には、売春目的で売買される少女たちが、州の外からも多く集められてくる。バングラデシュとの長い国境線に加え、ネパールとも96キロにわたって接しているため、国境警備が手薄な場所がたくさんある。
そのため、取引業者は少女たちを容易に州内に送り込むことができる。行き先は、人口1400万人を超える州都コルカタの売春街や、デリー、ムンバイ、プネーといった国内の都市、さらには中東にも及ぶ(インドでは商業的性行為は合法だが、売春のあっせんや売春宿の経営といった関連する多くの行為は法律で禁止されている。子どもに売春をさせることも違法だ)。
悲劇の最大の原因は、当然のことながらその地域にはびこる貧困だ。インド最大級の面積を誇る南24パルガナ県もその一つ。道路の整備が遅れ、めぼしい産業もなく、モンスーンの季節には洪水が起き、農作物が被害に遭うこの土地では、ギャングが貧しい家の弱みにつけ込んで、若い娘たちを食い物にする。
「私が人身売買業者なら…腹をすかせた子、仕事を探している子、恋愛に興味がある子を狙いますね」と話すのは、コルカタで人身売買の被害者を救済するNPO「サンラアプ」のタポティ・ボウミックだ。貧しい家に育った少女たちは、携帯電話や化粧品などをちらつかせるだけで、簡単にだまされるという。「彼女たちは、テレビドラマで見るような生活を、自分も送ってみたいと思っているんです」
ボウミックによると、人身売買に手を染めている10代の少年や青年が、目当ての少女と偽装結婚をしたり、同棲(どうせい)したりすることもあるという。「少女をものにするのに2万ルピー(約2万9000円)かかったとしても、売れば7万ルピー(約10万円)になりますからね」と、ボウミックは言う。もうけは7万円ほどで、その額は平均的な工場労働者の5カ月分の給料に相当する。
最近は西ベンガル州などで警察の特別取り締まりチームが活動を強化しており、売春宿に売られた少女の発見と救出に当たっているが、数が多過ぎて手が回らないという。「子どもが行方不明になるたびに、警察がすぐに捜査を開始したかどうかを確認しなければならないのです」と話すのは、数百人の救出実績があるNPO「シャクティ・バヒニ」の共同創設者であるリシ・カントだ。
サンラアプなどのNPOは、被害に遭った少女が家族の元に帰り、偏見を克服して自立できるように社会復帰のプログラムを実施している。カントは、州政府のさらなる被害者支援を訴える。「普通の生活を送れるよう、力をつける手助けをしなければなりません」
しかし、人身売買はあまりにも規模が大きい。専門の捜査機関を設置するなど、実効性の高い対応を継続的に行う努力が不可欠だ。
未成年者を搾取する売春宿の経営者や人身売買業者は、刑事罰を受けずに済むことが多い。警察の取り締まりが十分に機能していない上、インドの司法制度にはあまりにも抜け穴が多いのだ。この国の裁判所は未処理の事件を山のように抱えている。組織の機能不全や不正が手伝って、検察が期日通りに起訴できず、やむをえず被告人を保釈することもある。
(文 ユディジット・バタチャルジー、写真 スミタ・シャルマ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年10月号の記事を再構成]
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