「日本人向けハリアー」は、世界に通用するか
2020年6月にデビューしたトヨタ自動車の4代目「ハリアー」は、「日本人」を意識して作られた国内向けモデル。日本人好みの控えめで上質な内外装に仕立てられ、走りも上々。販売も好調な滑り出しを見せているハリアーだが、「本当の勝負はこれから」と小沢コージ氏は指摘する。
いまや貴重な「日本人向け」SUV
知らない人からすると残念に思うかもしれないが、今、日本人に向けた日本車は少なくなっている。ほとんどが世界市場向けのグローバルモデルだ。具体的には軽自動車とミニバンと一部高級セダンくらいしか、日本専用車は残っていない。
90年代までは逆で、トヨタ・カローラや日産フェアレディZなどのグローバルモデルを除き、トヨタ・クラウンやマークIIシリーズなどの人気モデルは、少量が輸出されることはあっても、基本的にほとんどが国内向けだった。
それもそのはず、今や自動車産業は完全にグローバル化している。ひとつのモデルが日本国内だけで売れるのと、北米や欧州、中国でも売れるのとでは、生産台数もビジネスモデルも、まったく異なってくる。
中でも世界2大自動車マーケットの北米、中国の影響は大きい。例えば「第40回 2019-2020 日本カー・オブ・ザ・イヤー」を取ったトヨタRAV4 は、中国単独で年間12万台強 、北米では53万台強も売れている。それに比べ、日本国内はわずか5万台強 。「わずか」と書いたが、これでも国内では売れているほうだ。しかし全市場分を合算すると年間約100万台となり、RAV4単独でボルボ全体を超え、SUBARU(スバル)全体と同程度の台数を売り切ってしまうのだ。いかに人気のグローバルモデルがすごいパワーを持っているかがお分かりいただけるだろう。特に、ここ10年ほど世界的ブームとなっているSUVは、そのほとんどがグローバルモデル。利益率がまったく違うから、正直なところ日本専用車など作っていられないだろう。
「日本人向け」モノづくりは世界に通用するか
そんな中、20年6月 にデビューした新型ハリアーは違う。チーフエンジニアの佐伯禎一氏は「日本専用として生まれたハリアーが、この先世界にどこまで通用するのか、という一つのチャレンジです」と力強く語る。
この言葉には、ハリアーの生い立ちが関係している。そもそもハリアーは10年前に無くなっていたかもしれなかったのだ。初代モデルは97年に登場。日本では「ハリアー」、北米では「レクサスRX」として売られ、その状態は03年発売の2代目まで続いた。09年にグローバルデザインの3代目レクサスRXが国内導入されると、国内向けのハリアーは消える運命だった。
ところが発売後6年以上たっても、2代目ハリアーは売れ行き好調だった。それも「クルマ離れ」が叫ばれているはずの若者層に売れ続けたのだ。異例の人気に驚いたトヨタは13年、ついに端正な国内向けデザインを持つ「国内専用SUV」として3代目ハリアーを復活させた。
その続編が、今回デビューした4代目ハリアーだ。そんな経緯で生まれたいまどき貴重な「日本人向けに日本で作ったSUV」であり、佐伯氏の言葉通り「"日本人向け"のモノづくりが世界で通用するか」という実験でもある。では4代目ハリアーの仕上がりはどうなのだろうか。
滑り出し絶好調も、本当の勝負はこれから
新型ハリアーが掲げた開発テーマは明確だ。日本人の琴線に触れるエレガントなボディーデザインや質感、そして上品な走り味の追究だ。それは欧米人の多くがクルマに求める、ダイナミックな方向性とは確実に異なる。
全長×全幅×全高は4740×1855×1660ミリメートルとグローバルサイズ。しかし、フォルムは端正な水平基調で、前後フェンダーの抑揚もこれ見よがしではなく、流麗かつエレガント。フロントグリルはハリアーの特徴となっている控えめな半透明アクリル製でサイズは小さめ。リアのコンビネーションランプも結構な薄型で、どことなく奥ゆかしい。
圧巻なのはインテリアだ。インパネはマット(つや消し)で滑らかなタッチの革風素材で覆われ、シートは中間グレードとなるGグレードでさえ、質感の高いファブリック素材と人工皮革が使われている 。ヘタな輸入SUVに負けないほどの高級感だ。
走り味は、加減速を丁寧につないでショックを極力抑えた上品さが光る。乗り心地も、同じ車台「GA-Kプラットフォーム」を使うグローバルモデルの「RAV4」とは一線を画しており、静粛性が高く不快な衝撃もよく抑え込まれている。
パワートレインも注目ポイントのひとつで、主力の2.5リットルハイブリッドは218ps (2WDモデル)という力強さ、静かさともに圧巻だ。変速機にダイレクトCVTを採用した2リットル直噴エンジンも悪くない。出力は171ps と特別高くはないが、滑らかに走ってくれる。
そして驚くのがその価格で、なんと2L直噴エンジンを搭載したエントリーグレードの「S」は299万円 から。これは10%の税込み価格だから、実質的には旧型より安くなっている。ハイテク安全装備が付き、走りが良くなり、燃費も向上してこのコストパフォーマンスはすごい。日本人向けに開発した上質SUV、4代目ハリアーは今のコロナ禍の状況にもかかわらず、発売後1カ月で受注4万5000台 と絶好調だ。
だが本当の勝負はこれから。ハリアーが今後も生き続けるためには日本で年間5万台の小商いでは済まされない。新型ハリアーは北米で「ヴェンザ」として販売。中国でも名前を変えて売られる予定だ。果たして日本人の好む美意識や質感をターゲットに作られたSUVが、世界で本当に通用するのかが真のチャレンジなのだ。
このクルマが世界で売れてくれれば、きっと僕らは日本人が好む美意識、質感で作られたクルマを今後も楽しむことができる。今の欧米人が好むグローバルモデルしか生き残れないプレミアムカーの世界に、日本人好みのプレミアムカーが割って入れるかどうかの瀬戸際なのである。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 出雲井亨)
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