久しぶりの演技 やっぱり役者って面白い(井上芳雄)第77回

日経エンタテインメント!

とくに最近は、子育てをしているので、歌いながらそのことも浮かんできます。自分が与えているものと、彼らが受け取るものは、それぞれ思い通りではないだろうし、相手に何かをしてあげていると思っているうちは、うまくいかないこともあるだろう。ジャーヴィスの慈善と形は違うかもしれないけど、気持ちは分かる。その感覚は、前回までよりも強くなったように感じます。真綾さんは、今回歌っている『チャリティー』が今までで一番いいと言ってくれました。それは自分の心境の変化もあるのかな、という気がします。

ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』 ジャーヴィス役の井上芳雄とジルーシャ役の坂本真綾 写真提供/東宝演劇部

それ以外にも、この3年の間にいろんなことが変わりました。お芝居も、自分で考えて動くというより、その瞬間の相手のセリフや動きに委ねるように演じたいと思うようになりました。前回まではジルーシャの手紙をそのまま読む感じだったのですが、今回は初めて読んだと思えるような瞬間がたくさんありました。そうなると、お芝居もやりやすくなって、驚いたり、喜んだりが自然にできているように感じます。

曲も歌いやすくなりました。のどのアイシングを始めてから調子がいいのです。劇場が再開してからはコンサートが続き、違う種類の曲をずっと歌っていたので、例えば1日2回公演だと、2回目はのどがむくむ感じがありました。以前は冷やすとよくない気がしていたのですが、試しにアイシングをしてみたら、むくまなくなったので安心しました。ミュージカルで長い公演をやるときの心配は、半分以上が声の調子なので、それがかなり軽減されましたね。コロナの自粛で、これまでのやり方を一度リセットしてみたのが、良かったのかもしれません。

覚悟を持って役に臨む坂本真綾さんの素晴らしさ

真綾さんは、いつも責任感が強くて、今回もしっかり準備してセリフをちゃんと頭に入れて稽古場に来ていました。声優が本来の仕事なのですが、声の現場で一緒になったときは、その大物感というか大御所感がすごくて圧倒されました。声の仕事は完璧だし、歌手としても第一線で活躍していて、若い人たちのあこがれの的。僕は『ダディ~』で真綾さんと出会ったので、あとからそれを知って驚きました。その真綾さんが、『ダディ~』ではいつも一生懸命に覚えてきて、しかも毎回の演技や歌に反省もしていて、常に向上心にあふれているのがすごいと思います。真綾さんにとって、舞台は慣れているわけではないから特別なもので、声優の仕事とはまた違うスタンスだろうし、覚悟を持って毎回ジルーシャの役に臨んでいるのでしょう。その仕事に対する真剣な取り組み方は真綾さんの素晴らしいところだと、あらためて感じています。

真綾さんとは、2月にパルコ劇場の『ラヴ・レターズ』でも共演しました。米国の劇作家A.R.ガーニーが書いた朗読劇で、幼なじみの男女が1930年代から80年代までの半世紀にわたってやりとりを続けた手紙を通して描かれるラブストーリーです。真綾さんと僕は並んで座り、手にした台本を順に読み上げるというシンプルな舞台です。これは同級生の男女の恋愛で、何十年もかけての手紙のやりとりだから、本当に人生そのものを描いているし、大人の恋愛感情にも踏み込んでいます。真綾さんと僕は実際に同い年なので、その点では自然にやれたというか、演じやすかったですね。

一方、『ダディ~』は年が10歳以上離れているであろう男女の話を、同い年の2人が演じているところが面白いと思っています。年はジャーヴィスの方が上という設定ですが、精神的な年齢はまた別だろうし、往々にして女性の方が賢くて、物事がちゃんと見えているということがありますね。だから成立している話でもあるのでしょう。

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