2020/10/3

歯医者に行くリスク、行かないリスク

確かにその方が良いが、歯の治療を先延ばしにすると長期的な体の健康に深刻な影響をもたらす恐れがあると、ゲハニ氏は警告する。歯の詰め物が取れるくらい大したことがなさそうでも、放置すれば後々大変なことになる。

定期的なクリーニングも欠かせない。歯肉の健康と糖尿病との間には確実に関連性があると、ゲハニ氏は言う。また、心臓病との関連も示唆されている。歯医者でクリーニングをしてもらうことで、歯肉の状態は安定化する。

長い自粛生活が続くと、食事の内容にも変化が現れる。人はストレスを感じると、虫歯の原因となる食べ物や飲み物の消費量が上がる。筆者の治療にあたった歯科医のジェシカ・ヒル氏も、その傾向には気付いたという。

「患者さんのお口の中が、いつもより汚くなっているなとは思いましたよ。その分、クリーニングにも時間がかかります。でも、こんな時ですから仕方がありません。診療を続けられる限り、私たちは全力を尽くしたいと思っています」

感染のリスクが最も大きいのは、むしろ歯医者までの移動中であると、ウルフ氏は言う。特に、持病のある人が、感染が拡大中の地域で混雑した地下鉄やバスに乗って歯医者へ行く場合には注意が必要だ。不安を感じたら、家を出る前に歯医者へ相談するようにと、ウルフ氏は勧める。数週間から1カ月ほどであれば問題ないとしても、半年以上クリーニングを延期するのは心配だという。

ヒル氏も、「そこが最大の問題です。コロナの終息がまだ見えていないなか、歯医者の予約をいつまでも遅らせていると、次に受診した時に大変なことになりはしないかと危惧しています」

安全な歯医者とは

無症状者からの感染を抑えるために、安くてすぐに結果の出る検査があればいいのだが、今はそれが無理だ。そのため、歯科医はあらゆる手を尽くして感染防止に努めていると、ウルフ氏は言う。

ADAとCDCは、患者が歯医者へ到着する前から準備をするよう提言している。患者は、事前に咳や熱などの症状はないか、最近感染者と接触したことはないかなど、簡単な質問に回答するよう求められる(編注:日本では日本歯科医師会が「新たな感染症を踏まえた歯科診療ガイドライン」を作成し、チェックリストを満たした歯科医療機関に「みんなで安心マーク」を発行している)。

院内での感染リスクを抑えるために、予約の数を減らし、付添人には外で待ってもらい、人と人との接触機会をできるだけ減らす。患者は、到着時に検温を受ける。待合室の椅子の数も減らして、距離を開けて配置する。ゲハニ氏の待合室では、14人分あった椅子を4人分に減らし、それぞれの部屋の隅に1個ずつ置いている。また、待合室ではスタッフも患者も全員がマスクを着用する。

ADAとCDCの提言に忠実に従っている歯医者であれば、中に一歩足を踏み入れただけですぐに変化に気付くはずだと、ウルフ氏は言う。

歯科医が身に着ける個人防護具の数も、以前より格段に増えた。(医療現場で使われる)「N95」マスクは、マイクロ飛沫の吸引を抑え、医師本人の口から出る飛沫も防ぐことができる。普段は患者とのおしゃべりを楽しむゲハニ氏だが、今は飛沫を減らすために、必要最小限のこと以外はしゃべらないようにしているという。

また、フェイスシールドを装着して、患者の唾液や血液から目を保護する。ヒル氏も同じくフェイスシールドを使うようになったが、これはパンデミックが終息した後も使い続けたいと話す。

「患者さんをひとり診察するごとにフェイスシールドを外してきれいにしていますが、使用したフェイスシールドの表面を見て驚きました。パンデミック前にはこれを自分の顔にまともに受けていたのかと思うとぞっとします」

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歯科診療はどのように変わったか
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