席に着くと、「メニューはこちらをご覧ください」と渡されるのは、店名を書いた7センチ角の小さなステッカー。片隅に印刷されたQRコードをスマートフォンで読み込んでメニューを表示するのだ。手渡された客は戸惑うことなくコードを読み込み、現れた画面をのぞき込む。2020年9月11日、東京・自由が丘に開店した居酒屋「ニショク」の一コマだ。新型コロナウイルスの影響がなかった頃には考えられなかった光景だろう。「デザインも凝ったステッカーなので、お客様にスマートフォンに張っていただけたりするんです」と同店のオーナーでソムリエの渡部武志さんは楽しそうに話す。
店名のニショクは、居酒屋とテークアウトの店という2つの顔を持つことから。テークアウトのメニューには、店内では食べられないパスタ料理が並ぶ。「ただ店内の料理をテークアウトできるようにしたのでは面白くない」(渡部さん)と考えてのことだ。カルボナーラからイカスミまで10種ものパスタをラインアップ。
容器は、海外ドラマで中華料理のテークアウト容器としてよく見る、四角い紙製のものだ。近くにはベンチのある緑道もあり、「かわいいデザインの容器にして、みんながそんな場所でも食べてくれたらうれしい」と渡部さん。デザインに凝った容器はオープンには間に合わなかったが、「ネットで見たイタリアのあるパスタのテークアウト専門店をめちゃくちゃ参考にした」という。

麺は有名製麺所の浅草開化楼がイタリア料理店のシェフと共同開発した、水分含有率が低いパスタを使用。ソースを吸いづらいので、伸びずに弾力のある食感のパスタを最後まで楽しめる。分量はたっぷり150グラム。「パスタには、麺と同量ぐらいのソースも使用します。パスタのほかに揚げ物もテークアウトできますが、それぞれ1品ずつで女性2人のお腹いっぱいになる量」と渡部さん。
パスタのテークアウト専門店は見たことがないと、あるイタリア通に話を聞いた。本場でも新しいタイプのテークアウトが日本でいち早く楽しめるのは、インターネット時代ならではの面白さだろう。

実は、居酒屋であるニショクがイタリア料理であるパスタのテークアウトを手掛けるのには理由がある。同店は、東京・外苑前の人気トラットリア「ドゥエ・コローリ」(イタリア語で2色の意味、新店の名前はこの店名を受け継ぐものでもある)の閉店に伴いオープンした店なのだ。
渡部さんが、共同経営者である山口高志さんと12年に開店したドゥエ・コローリには、炭火焼きの肉や自然派ワインを気軽に楽しめるイタリア料理店として多くのファンがいた。しかし、都心の地下にある店であったため、新型コロナウイルスの影響から完全に回復するのは時間がかかると考え、3、4月には早くも頭を切り替え新天地で勝負することに決めたという。